•   Lost_Town

            since 2011 0910

    雪山のおおかみ


    あるところに、クック先生というお医者さまがいました。
    クック先生はとても寒い、北の国に住んでいるお医者さまでした。
    この地方はお医者さまが少なく、また、冬は長いこと雪に埋もれてしまうので都会のお医者さまは誰も来たがらないのでした。
    クック先生はそんな中、近くのお医者さまがいない村に出かけては、雨の日も風の日も、吹雪の日だって患者さんの元へかけつけるのでした。
    そんなクック先生にお世話になっている人々は、誰もが先生を尊敬していました。



    ある春の日、隣の村から帰ってくる途中クック先生は森でけがをしている小さな狼の子供を見つけました。
    この春生まれたのでしょう。でもその小さな狼は足をけがしていて動けません。

     「かわいそうに」

    先生はその狼をこっそり連れて帰って、手当をしてやりました。
    狼の足の傷はすぐ治り、先生はそれをもといた森へと帰してあげました。

     「今度は群からはぐれるんじゃないよ」

    先生に面倒をみてもらった小さな狼は、うれしそうに尻尾をふって森の中に入っていきました。



    それから暑い夏が過ぎ、木枯らしの吹く秋もあっというまに通り過ぎて、冬がやってきました。
    その年はいつもより雪が多く、お出かけするのも大変なほどでした。
    ひざの上まで埋まってしまうほど深い雪の中、それでもクック先生はいつも通りに患者さんの元へ向かいます。
    今日は隣の村で、高熱を出して苦しんでいる人がいたのです。
    患者さんは先生の看病とお薬ですっかりよくなりました。先生が帰る頃、お日さまはとうに沈んでいて、あたりは真っ暗でした。
    ですが、明日もお仕事があるため、先生はお家に帰らないといけなかったのです。



    運の悪いことに、森に入ったあたりで雪が降ってきました。
    はじめはちらちらと降っていた雪もあっというまに勢いを増して、すぐ目の前すら見えない吹雪になりました。

     「こりゃまいったな」

    なれた道ですが、前が見えないのでどうしようもありません。下手に歩いて迷うよりはと、先生はそばにあった大きな木に寄りそい、吹雪をしのごうとしました。
    しかしいつまでたっても吹雪はやむ気配がありません。あまりの寒さに、手の感覚さえなくなってきていました。このままでは、凍え死んでしまうかも知れません。



    ふと、クック先生は顔を上げました。
    なにか、獣のうなり声のようなものが聞こえたからです。よく目をこらしてみると、吹雪の中で動くものがあります。
    それが狼だと分かった瞬間、先生の顔は真っ青になりました。先生はいつの間にか何匹もの狼に囲まれてしまっていたのです。

    狼たちが、この吹雪の中でも見えるところまで近寄ってきました。先生は固まったまま動けず、もうおしまいだとぎゅっと目をつむりました。
    しかしどうしたことか、狼たちは先生におそいかかってくる様子がまったくありません。
    おそるおそる目を開けた先生は、思わずあっと声をあげてしまいました。



    先生の目の前には、おおきなおおきな狼がいたのです。
    それは他の狼と違い、ぼんやりと青白く光る毛を持っていました。なぜかこの吹雪の中でもはっきりと分かるほどその毛は氷のようにきらきらと光っており、その大きな目はまるで黄金のようにかがやいていました。

    自分は、この狼に食べられてしまうのかと思うと、不思議と先生は誇らしい気持ちになりました。なんだか特別な気分になれたのです。

     「怖がらないで」

    と、その白い狼が言いました。

     「私たちはあなたを食べようとしているわけではありません」

    では狼たちは何をしにきたのでしょうか。先生もそう思いました。

     「あなたは私たちの子供を助けてくれました。だから、今度は私たちがあなたを助ける番です」

    狼たちは先生のそばによりそい、体を寄せあいました。一番外側に白い狼が先生と狼たちを包むように体を丸めました。
    ふかふかの毛皮に囲まれて心地よくなった先生は、深い雪の中を歩いて疲れていたので、その暖かさに眠くなりました。

     「吹雪がおさまるまでおやすみなさい」

    白い狼のいう通りに、先生は眠ることにしました。



    いつの間にか、吹雪は止んでいました。
    他の狼たちも動き出したので、クック先生は目を覚ましました。
    みれば吹雪はおさまり、雲の切れ間からはいくつかお星さまがまたたいています。

     「助けてくれて、ありがとう」

    と、クック先生は言いました。
    白い狼は優しそうにほほえんで、

     「それは、わたしたちがずっとあなたに言いたかったのです。わたしたちの小さい子を助けてくれて、ありがとう」

    と、言いました。
    足下に座っている一回り小さな狼の足に、白い傷あとが残ってることに先生は気づきました。

     「そうか、お前、あのときの……」

    小さい狼はうれしそうに尻尾をふりました。
    先生がその狼をなでていると、他の狼が一声鳴いてから森の奥へと帰っていきます。その小さな狼も、まるであいさつするかのように先生に向かって一声鳴いてから、森へと帰っていきました。
    後ろを時々振り返りながら、別れを惜しむかのように……。

     「帰りは、あの星を目指しておいきなさい。じきに見なれた道に出るでしょう」

    と、白い狼は言いました。
    それは冬の夜空で一番大きく強くかがやく星、シリウスでした。

     「ありがとう」

    もう一度、先生は言いました。

     「今夜のことは、絶対に忘れない」

    白い狼はにっこりとほほえみました。そして他の狼たちと同じように一声気高く鳴いて大きく飛び上がり、あっというまに見えなくなってしまいました。



    先生はそれからシリウスを目指して歩き、いつもの見なれた道に出ることが出来ました。
    お空には相変わらずあの狼のように美しく光りかがやく星が、とうとうと光っていました。



    今でもクック先生は、この地方のお医者さまをしています。
    あれから結局、あのおおきな狼に会うことはもうありませんでした。
    けれども、クック先生がいなくなってからもずっと、その狼は森の神さまとしてこの雪深い地方に伝えられているのです。

     

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