わがまま王女と溶岩竜 3
「ん……」
「と、言うわけで各自その様に頼む」
「分かった。しかしギルドから何もお咎めがなかったところを見ると、もしかしたら……」
「あの人が根回ししてくれたんだろうな。……おや、御姫様のお目覚めだ」
この声は聞きおぼえがある、こやつらは、もしかして……!
「!」
「ははは、そうびっくりするこたないじゃないですか御姫様」
「お主らは昼間の……!一体これはどういうことじゃ!?これ、降ろさぬか無礼者!」
彼女は今一人の男に担がれているのだが手足を縛られているため身動きが取れない。
「大人しくしていてくださいよ姫様。大丈夫、貴女には傷一つ付けませんから」
第三王女を担いでいる男は穏やかに笑う。第三王女はあたりを見回してみる。
「ここは……火山ではないか。どういうことじゃ!?お主ら、一体何が目的じゃ!?」
「あ、そろそろ灼熱帯に入るね。隻眼君、例のものをお姫様に」
にゃーと歩いてきたのは隻眼のオトモアイルー。彼の手にはクーラードリンクが握られており、それを彼女の口に宛がうと器用にそれを飲ませた。
ハンター達も次々に準備にかかっている。
「うっ……ふっ、まさか、お主ら……!」
「今日は王女様の為に特別席を用意したので御座いますよ」
途端に彼女は青ざめる。
「ふ、ふざけるでない!わらわを今すぐ降ろせ!城へ帰すのじゃ!」
彼女は渾身の力で暴れてみるが、対するは屈強のハンター。意にも介されていないようだ。
やがて一行は目的の場所に辿りつく。フィールドよりも一段高くなっているところにハンターは彼女を降ろした。どこから持ってきたのだろう。オトモアイルーが椅子を差し出してくれた。
「おつかれさん」
「どうも。そんじゃ、彼女は任せたぜ」
第三王女を担いでいたハンターと別なハンターが交差する。第三王女を背負っていたハンターはどうやら片手剣を使うハンターであり、彼女の側に来たハンターは大きなランスを背負っている。
「俺と隻眼君が攻撃を防ぐんで、姫様は安心して見ていてください」
第三王女は屈辱と混乱で顔を真っ赤にして、
「こんなことをして只で済むと思っているのか!?」
と、ありきたりな脅し文句だが、ハンターには通じた風がない。
「只で済むとは思っちゃいないさ」
至って飄々としている。
ふと横のオトモアイルーと眼が合う。片目しかない彼だが、その眼には凄みと覚悟が宿っていた。
思わず強手に出ていたはずがうっと一瞬ひるんでしまう。
「来たぞ、溶岩ナマズ!」
へいへいとランスも返事し、盾を構えた。
「さぁ特等席でどうぞご覧あれ。へたれと腰ぬけどもの闘いっぷりを」
やがてヴォルガノスが姿を現した。
魚拓の大きさを競う為に狩って来いと言っただけあって、やはり大きい。しかも間近に見ると恐怖すら覚える。
さっきまで赤かった顔が一気に急降下し、青冷めてるのを見てランスは彼女を労わる。
「どうなさいました?大丈夫ですよ、あいつらが倒れたら俺が姫様を担いで逃げますから」
下三人のハンターの構成は太刀、片手剣、ヘヴィボウガンの様だ。今まで何度かヴォルガノスとやり合っているのだろうか。動きに余念がない。
三人が注意を惹きつけてくれているおかげか、こちらに攻撃そのものが及んでくることはなかったが、吐き出した溶岩の破片が時折降ってきた。
「ひぃっ!」
彼女に向かってきた溶岩の破片をランスの盾とオトモアイルーで防ぐ。
あれだけ離れていたというのに、何という熱だ。
「お怪我はありませんか」
最早彼女は頷くのさえままならない。
ランスは苦笑すると、
「おい、あんまり溶岩吐き出させるな。プレス狙えプレス」
「無茶言うな!」
と、余所見をした太刀がヴォルガノスの突進を真に受けてしまった。
「あ、やべぇ」
そんなヘヴィボウガンの呟きが下から聞こえる。
太刀はエリアの隅っこ、溶岩の海の一歩手前まで転がって行った。王女も思わず息を呑む。
「あ、あやつは大丈夫なのか!?」
王女は思わずランスを問い詰める。その顔色は最早土気色に近い。
さいわい片手剣がヴォルガノスの注意を引いているので、その間にランスは何やら白い粉を取り出し周りに振りまいた。
「サンキュー、助かった!」
「ありがとよー!」
見れば太刀も起き上がり、再びヴォルガノスに向かっていく。
王女もふぅ、と安堵のため息を漏らした。
おおよそ順調な狩りだが、時折危うい場面が幾度か見受けられ、ランスも白い粉を何度か振りまいた。
「ガイアは……」
場に少し慣れてきたのだろうか、王女がぽつりと言った。
「あの溶岩に落ちて、死んだのだな……」
オトモアイルーが彼女を不思議そうに見上げると、彼女は切なさそうな顔でハンター達を見守っていた。
「俺らは依頼主から依頼を受けて、そして報酬を貰って生計を立てています」
不意に、ランスが言った。
「その多くが人間のエゴです。あの素材が欲しいだの、あの場所を荒らされたくないだの、そんなものばっかりです。……でも、依頼主はハンターと……そして、相手がモンスターであろうとも、生命への尊敬を欠かすことはありません。もし反する様な依頼主がいれば、ハンター市場から追い出されます」
王女の身体が一瞬びくりと痙攣する。
「頼むのも人間ですが、こなす方もまた人間です。私は、直にそれをお伝えしたかった」
「お主……」
「ランスーッ!構えろ、そっち行ったぞー!」
「!」
見れば溶岩の破片ではなく大きな本体がこちらに迫ってきていた。慌ててランスが盾を構え、王女の前に出る。
「ぐっ……!」
溶岩塊が直撃し彼は王女の手前まで後退せざるを得なかったが、彼女に危害はなく、破片はオトモアイルーが防いで事なきを得た。
「お主、大丈夫か!?」
離れていても伝わるほどの熱源。よく盾が無事でいられるものだ。破片が身体に飛び散ったのだろうか、鎧もところどころ焦げている。
「大丈夫です。ハンターにとっては日常茶飯事ですから。それに、ガイアさんの後輩である我々が、ここで倒れる訳にもいきません」
それを聞いた途端、王女はくわっと眼を見開いた。
対してランスの人は鎧のおかげで中身は無事なようだ。彼は回復薬を取り出すと、ぐいっと煽った。
下では相変わらず三人がヴォルガノスと死闘を繰り広げていた。流石に多数の屈強のハンターには苦しいのか、ヴォルガノスの怒り間隔が短くなってきた。体力が減ってきた証拠だろう。
「片手剣、もういける!俺らが気を惹くからシビレ罠頼む!」
「あいよ!」
下のハンター達もいそいそと動き出した。片手剣は懐からあるものを取り出し、地面に設置している。
「何をしているのじゃ?」
「捕獲するのですよ。殺さずに生け捕りにするのです。魚拓は、ギルドが取ってくれるでしょう」
話しているうちにヴォルガノスはシビレ罠にかかり、その隙に片手剣が捕獲用麻酔玉を投げると見事決まったらしく、ヴォルガノスの全身から力が抜けていくのが遠目でも判った。意識を失う直前、それは何を考えただろうか。
ヴォルガノスが倒れこむ地響きが、こちらにまで伝わってきた。
「いええええええええあ!」
「お疲れ様ー」
「初めてだけど狩れちゃった!」
「色々聞いて回っただけはあったな」
下ではハンター三人がハイタッチしている。
ランスも安堵のため息をつくと、
「それでは現物をご覧に入れましょう」
と、王女を抱えて下に降りた。ランスが近付いてくるとハンター三人も場所を空けた。
ヴォルガノスはシビレ罠の上で寝息を立てて寝ている。肢の生えた巨大なナマズが身体を丸めて寝ているのは何だか滑稽だが、愛嬌がある。が、しかしこのナマズは一筋縄ではいかなかった相手なのだ。身体に付いている無数の傷がそれを物語っている。ガイアが闘ったヴォルガノスは、こいつだろうか。
ふと王女はそれの眼を見やった。
魚なので、寝る時も眼は開いている。意識はないはずなのに、何かを訴えかけられた様な気がして彼女は思わず身を竦ませた。
「こ、これは殺されてしまうのか?」
「えぇ、依頼通りに。また、この付近は人通りもあるところなので殺すしかないでしょうね。ハンターたちへの依頼は、九割がたこういった生き物の殺傷なのです」
王女はやるせない面持ちでヴォルガノスを見やった。
今まで、自分の思い通りにならないことはないと思ってきた。現に、父である国王は欲しいものは何でも与えてくれた。だが、決して物事は上手くいかないものだと、彼女は今日、再び思い知らされた。
彼女はヴォルガノスに近づき、ぽろぽろと涙を流し始めた。後ろではハンター四人とオトモアイルーが、穏やかな顔でそれを見守っている。
と、ギルドの迎えが来た。ついでに、余計な者もきたようだ。
「姫様〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「じいや!」
何と王宮から兵士数人と彼女の執事が一緒に来ていたのだ。警備は手薄だった癖に、手回しは早いものがある。もともと奔放癖がある王女様だから、馴れっこなのか、ギルドの方に話を聞いたのだろうか。そりゃあ、あんなに大きな麻袋を抱えてクエストに行くハンターは怪しいことこの上ないからな。
ハンター一同、顔を見合わせてにやりと笑い合う。その眼に灯る決意を変えたものは、一人もいなかった。
ハンター四人とオトモアイルーはすぐさま連行された。王女が縛られたままだったのがやはり一番らしい。
そのまま四人は王女埒誘拐疑惑と、ギルドのクエストに関する規約を破った罪で法廷まで連れて行かれた。裁判はしばらくの後に行われ、国王も同席した。
「……従ってこの者らは罪状を全て認めており、国家反逆罪及びクエストの同行人数の規約違反に該当します。動機はいずれも語らぬままです。国家反逆罪の最高刑は死刑、次に国家追放であります。国王陛下。いかがいたしましょうか……」
国王はううむ、と低いうなり声を挙げると口を開けようとしたが、それよりも早く、
「わらわに隠れてこそこそしてると思ったら、何をしているのじゃ、父上!」
「第三王女様!?何故ここに!?」
第三王女が単身乗り込んできたのだ。当事者である自分が呼ばれなかったのが不満なのか、口をへの字に曲げている。
「それはこちらの台詞じゃ!何故わらわをクエストに連れて行ってくれて、わらわを護ってくれたハンター達がこんなところにおるのじゃ! 『こっかはんぎゃくざい』、じゃと!?なんじゃそれは!今すぐあのものたちの縄を解かんか!」
「しかし、執事の話によるとお前は縛られていたとのことだが……」
国王の見え透いた眼に、王女も一瞬怯んだが、
「そ、それはわらわが頼んだのじゃ!動き回って危険かもしれないから、わらわがじっとしているようにしろ、と。オトモを連れて行けと指示したのもわらわじゃ、護衛は多い方が安心だからの。分かったら、あのもの達の縄を解いて、叱るなら、わらわを叱れ!」
王女のこの一喝で、法廷は一気に静まり返った。
国王はハンター達の縄を解くように指示し、最高刑死罪が一転して無罪になった。
結局彼らはギルドの規約違反でしばらくの間、ハンターズギルドへの出入りが禁止になったが、それ以上のお咎めはなしということになった。
法廷が終わった後に第三王女の提言で、彼らは王宮に招かれることになった。王女いわく、命を賭して自分を護った者共に褒美の一つも与えないのか、とのことだった。国王はささやかな宴を開き、ハンター達はそれに同席した。
酒が入ると目上目下の者も関係なく宴は盛り上がる。
ハンターの一人、ランスを背負っていたその人はそっと席を抜け出し、ベランダに出て風に当たっていた。時刻は丁度夕方。茜色の光に照らされる漆喰の建物たちは、何だかノスタルジックな風景を醸し出している。遥か遠方にはシュレイド城だろうか、黒い影が落ちているところがある。
ランスがそんな光景を見ながら、今後のハンター生活を考えていると、いつの間にか後ろにその人が来ていた。
「ランス殿……か」
ランスは後ろを振り返った。
夕日に照らされる彼女の顔は、2日前に謁見した時の少女よりも大分大人びて見えた。
彼女は手に持っていたグラスを差し出す。中にはワインの様な液体が入っているが、匂いをかぐとグレープジュースのようだった。
「わらわを護ってくれて、有難う。お主らには、本当に感謝している」
「いいえ。俺らは誘拐犯じゃないですか。何故、庇ってくれたんです?」
彼女はしばらくの間俯き、ランスも何も言わない……。
「信じて貰えるか、分からないが……」
しばらくして、彼女がぽつりと言った。
「わらわは……ガイアのことが好きだったのじゃ。あやつは、わらわのどんな我がままでも笑って聞いてくれた。いつの間にか、わらわにとっては頼れる兄以上の存在になっていたのじゃ。だから、わらわの前から消えてしまったあやつが嫌いだし、そんな依頼を押しつけてしまった自分が、もっと嫌いじゃった……」
「自分の器量に無理のあるクエストだと思ったら、ハンターは辞退すれば良いだけです。彼は自分の判断であのクエストを受けたのですから、姫様がそんなに気にすることじゃないじゃないですか」
ランスに慰めの言葉をかけられてもなお、彼女は俯いたままだ。
「……あやつは、わらわの頼みを終えてきた後、とても良い笑顔をするのじゃ。わらわの依頼はやり応えがあって楽しいのだと。だから、あの日も半ば強引に思いついた依頼をあやつにしてしまった。出発時に見送った、あの笑顔が最後の姿になるとも知らず。わらわは、わらわは……」
彼女は眼の端から零れてきたものを袖で押さえた。
「あやつの笑顔が、見たかっただけなのじゃ、なのに、何で……」
そこまで言うと、彼女はしとしと泣き出してしまった。さいわい周りに人はいなかったが、この場面を見られたら今度こそ国家反逆罪で首が飛ぶだろう。
「わらわがいけなかったのじゃ。我がままに我がままを重ねて、今までに何人もの人に迷惑をかけたかも測り知れぬ。そのツケが回ってきただけなのじゃ。でも、誰もわらわを叱ってくれる人がいなかった。そのおかげで今までこうしてやりたい放題してこれたのじゃが、同時に何か寂しさもあったのじゃ……」、
彼女は涙を拭いて、ランスを見やった。何だか清々しい光が瞳に宿っていた。
「だから、今回の件で何だか憑きものが落ちたようじゃ。お主らには感謝している。……ランス殿」
彼女は急に声のトーンを落として、俯いた。
やや上目遣いに彼を見やるその顔は、叱られた子供がベソをかいているようだ。
「わらわは、これからもハンター達に依頼を出しても、良いのだろうか……?」
ランスは微笑んで、
「何を言ってるんですか。当たり前ですよ。依頼主がいなければ、我々の生業もまた成り立ちません。姫様の姉上である第一王女様や、兄上もまた我々に依頼を出してくれていますよ。姫様が今回学んだことを、次に生かしてくれれば、それで良いのです」
姫は再び顔を挙げるとにっこりと笑って、有難うとお礼を言って立ち去って行った。
その彼女の後姿を護るように、一瞬ガイアの幻影が見えてランスははっと目を見張った。
ガイアはこちらを向いて笑っていたが、瞬きをした瞬間にはもういなかった。
中では相変わらず楽しそうな宴が繰り広げられている。
ランスは再び西日差す街の方へと振り返ると、クリスタルグラスを黄昏の光の中に差出し、今も彼女を護っている彼にそっと献杯した。
〜Fin〜