〜Memories〜 8

 「えっ―――!?」

ワープポータル特有の一瞬の浮遊感の後、ティアは自分が見知らぬ場所にいることに気がついた。が、その景色もゆっくり見渡せないうちに――

 「来ないでってば〜!」

なんと青年もセットでついてきてしまったらしい。彼女の後を追ってきたのだから当然と言えば当然だろう。
むしろ部外者二人に魔法を乗っ取られた使用者の方が驚いていたかもしれない。

もうほぼ半べそになりながらも、それでも彼を振り切るためにティアは街の北に向かって駆け出す。しかしやっぱり青年も後を追いてきていた。
街の北のはずれにある門をくぐり、坂を上ってティアはそこが絶望的な状況になっていることに気が付いた。行き止まりなのである。

これはもう痴漢撃退……じゃなくてストーカー撃退か……!

と考えるよりも早く、彼女の眼に洞窟が映った。

 「少しこの中に隠れていよう!」

あまり深く考えもせずに一目散に飛び込むティア。
その傍らに彼女を呼び止めていた冒険者がいるとも知らずに……。








「よし、なんとかうまくまけたかな!」

青年を振り切ったと意気揚々としていたティアも、はたと冷静になってあたりを見回してみた。

 「……え?」

彼女はその時初めてこの洞窟がただの洞窟ではないようだと察した。中は薄暗く、冒険者たちが灯していっただろう松明がところどころに揺らめいている。 ぞくりと肩を震わせるような透き通った寒さと、何故か辺りに漂う緊張感。そして今までに嗅いだ事のないような嫌な臭気……。
思わず具合が悪くなってしまい壁際にへたり込んだとき、何者かの気配を察して彼女は顔を上げた。
灯りが届かない奥の方で、ヒタ、ヒタと足音がする。
その瞬間彼女の本能という感覚が危険を告げた。

 ―――逃げなければ!

 「あ……あ……」

逃げようにも足がすくんでしまって思うように動かない。全身が『それ』を拒むかのように震え、背筋を冷たい汗が伝わっていく。押し寄せる恐怖にガチガチと歯を鳴らして耐えていると、やがて松明の灯りが届く範囲に『それ』はやってきた。

 「―――――!」

今までにないほどの悲鳴を上げてティアは逃げ出した。竦んでいる場合ではない。反射的に筋肉が痙攣した所為か脚も動かせるようになった。彼女はあてどなく駆け出した。ともかくあれから逃れられる方向へ――

『それ』はかつて人やエインフェリアであったもの……そして悪意に魂と肉体を支配されてしまった、生ける屍……ゾンビと呼ばれるものの一種だった。

さいわい足は速くないようですぐにまくことが出来たが……無我夢中で走ってきてしまったため、彼女はもはや出口がどこか分からなくなってしまっていた。しかし出口が分かっても付近には恐らく先ほどのゾンビがいるだろう。
どうして良いか分からずに半ば絶望的な気持ちになっていると、またあの足音が聞こえてきた。ティアは咄嗟に逃げる体勢を整えたが、その時―――

 「――キャァァァアッ!」

闇の彼方からバサバサッと羽音がしたかと思うと、数匹のコウモリが姿を現した。只のコウモリではない、鋭い牙を持ったモンスターだ。
油断していたティアはあっさりとやられてしまう。致命傷は避けたらしいものの、数匹に囲まれあっというまに傷だらけだ。

 「くっ……」

露出していた手足をやられたのか、立ち上がって走ることも出来そうにない。脈打つような痛みが彼女を襲っている。
コウモリたちはしばらく洞窟の天井に止まって、牙についたティアの血を舐めていたが、再び攻撃態勢に入ろうとしていた。ゾンビの足音も段々と近づいてくる……。
激痛と出血で意識が朦朧としている中、もはやと彼女は覚悟を決めた。
再びコウモリ達が宙を舞う。その羽音を聞いた時、ティアは反射的に目を瞑った―――。

 ピキィッ――。

断末魔を聞くのも嫌なものだと思う。だが、これは……。

 「え……?」

かすかに残っている意識を総動員して、ティアは何が起こったのかを確認しようとした。
彼女は今はっきりと聞いたのだ、モンスター達の悲鳴を。
と、その時彼女の眼に写ったのは、何とずっと彼女の後を追いてきた例のストーカー青年だった!頭にゴーグルを被る黒髪の青年騎士―――間違いなくあの童顔の彼だったが、その眼は先ほどまでと比べるほどもなく真剣そのものだった。
彼はコウモリ達を一瞬でなぎ払い、近づいてきたゾンビをなんともない風に一刀の元に切り捨てた。
さっきまでの彼だとは信じられないとティアは目を見張った。が、それも束の間で緊張が緩んだ瞬間、彼女の意識はそこで途切れてしまった……。

  


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