〜Memories〜 27
それからしばらく後、ティアがプリーストへ転職する直前のことだった。
「BOSSが強化されただって!?」
「間違いない。トリオやペアでBOSSに挑みに行った人達が悲惨なことになっている。間もなく救助組が帰ってくるだろうから、それで真相が分か……」
リヒトがそう言っている横から、続々と討伐に向かったメンバーが戻ってきた。が、無傷な者は殆ど居なかった。
「アカン、スキル強化されてる」
「ドラ様とかやばいよ、何あれ!? アスムなかったら逝けたわ」
「ヒールうっざ! 魔法も無詠唱でガンガン打たれるし、きつかったわー」
「この人数で行って良かった。救助と討伐両方を少人数でこなすには、まだまだLvが足りなかったわ」
帰ってきたメンバーがいつもの調子で話すのを見てリヒトも安堵のため息をついた。
が、広場を見回しているときに彼はふと気付いたのだ。
「あれ……?DOP討伐隊が帰ってきてない……?」
その途端、ティアの眼の色が変わった。
周りにも一瞬、緊張が走った。
−おーい、DOP討伐隊生きてるかー?−
−大丈夫です、マスター−
リヒトが呼びかけると応答があった。威勢の良い声はエドとモンクらしい。
−何名か救助しましたが、肝心のDOPが見つかりません。もしかしたら人知れずに斃されたのかも知れませんが、一応辺りを探ってみます−
−分かった。引き続き頼む。気をつけてくれ−
−あいよマスター! シャープヘッドギアをお土産に持ってってやるぜ!−
しかし、それからしばらくして……
−マスター、やっぱり何か変です。DOPから攻撃を受けたと思われる人をあれから何名か救助しましたが、相変わらずDOPが見当たりません。ハイディングしてるのかも。応援お願いします−
−分かった、すぐに行く−
リヒトを含む数名がすぐに立ち上がった。
ティアもそれに加えて貰うことにした。
「取りあえずテレポートで探そう。DOPを見かけたらすぐに呼んでくれ。くれぐれも、気をつけてな」
パーティーメンバー全員が頷き、飛んでいったのを確認して、ティアは側にいたデビルチを捕まえた。耳の横の傷跡を見ると、いつもティアを案内してくれる子のようだった。彼は少々不安気な顔をしながら、ティアを導いていった。
しばらく後をついていくと、ふと遠くに人影が見えた。後ろにナイトメアを従えるその姿は、間違いなく彼だ。
「DOP!」
ティアは急いでそちらに駆け寄ったが、その足もとを見た瞬間、へたり、と崩れ落ちてしまった。
「エドさん……」
彼の足もとに倒れているスナイパーは、間違いなくエドだった。
体の損傷具合を見れば、彼がもう息をしていないのは明白だった。その傷跡に、ティアは見覚えがあった。この前またあった枝テロの時に、確かロードナイトが使っていたスキルによって撃破されたモンスターがこんな感じだった……。
エドの顔にぽたぽたと涙をたらしながら、ティアはDOPを見上げた。
『……だから、来るなと言ったのだ』
彼は、抑揚のない声でぽつりと言った。
見れば、DOPの周りには、禍々しいオーラが渦巻いている。モンクのスキル、爆裂波動の気と似たようなオーラだったが、それとも格段に違う、恐ろしいものだった。
彼自身もエドから受けた攻撃で傷を負っていたが、その掌から放たれた光が、それをも全快させた。
「えっ……!?」
驚くティアを尻目に、DOPは相変わらず無表情で二人を見つめている。
『見事なスナイパーだった。途中で逃げ出せば、見逃してやったのだが……他のパーティを救出するために、最後まで私に立ち向かってきた……』
その瞬間、ティアはエドに縋りついて泣き崩れた。
『許しを請うとも、弁解もするまい。所詮、私はお前達の敵、モンスターに過ぎないのだからな』
だが、そう言っても、この胸の奥で疼くような感情は何だろうか。どうして、どうしてあのティアの涙と、悲痛な叫び声に顔をしかめてしまいそうになるのだろう。
ティアは、何を思って泣いているのだろうか。やはり、仲間を殺した自分を憎んでいるに違いない。それとも、仲間を救えなかった自分を苛めているのだろうか。大切な人を救えなかった苦しみに長年蝕まれ続けてしまい、やがては……。
いや、ティアはそんなに心の弱い者ではない。あの時何も出来なかった自分とは違う。
あの時……?
DOPはふっと顔を上げ、遠くを見やるように眼を細めた。ティアも涙でぐしゃぐしゃの顔をふと上げた。
カーンという澄んだ衝撃がDOPの背面から抜けて行った。それは、まるで失ったものが再び身体の中に入ったような衝撃だった。
そうだ、あの時に……、あの時にこの力があれば……!
DOPは視線を二人に戻すと歩を進めた。
次は自分か、とティアが覚悟して眼をつむると、DOPはエドの傍らに跪いた。
危害を加えてこないその様子にティアが恐る恐る眼を開けると、彼はエドの胸の上に手をかざしているところだった。その手から溢れてきた光に晒されること数瞬、エドの瞼がぴくりと動いたかと思うと次の瞬間、咳込んで血を吐きだした。
「エドさん……!」
意識は戻らないものの、息を吹き返したようだ。
最初荒かった息も、DOPの治癒により落ち着くまでになった。
『もう、これでいいだろう。……ティア、後はお前が治してやると良い』
そう言って立ち上がったDOPは、愛剣に頼らなければ立ち上がれないほど、衰弱していた。
「DOP!」
『来るなァッ……!』
駆け寄ろうとしたティアに、DOPは渾身の力を振り絞って叫んだ。
あまりの剣幕に、ティアは一瞬竦んでしまった。
今にも倒れてしまいそうな彼に、ナイトメアが寄り添う。
『頼む、ティア……! 今の私は意識を保つのだけで精一杯だ。一度それが失われれば、次に何が起こるか最早分からぬ……そのスナイパーを連れて、出ていけ!』
言うだけ言うと、彼は寄りかかっているナイトメアの胴を叩いた。
ナイトメアも心配なのか、彼に甘える素振りを見せた。DOPはその頭を数回撫でていたが、やがて完全にナイトメアの陰に隠れた。
「DOP!」
ティアがその後ろを覗くと、そこにはもう誰もいなかった。
放っとけないよ!!
ティアが立ち上がると横にちょこんとデビルチがついてきた。すっかり忘れていたが、ずっと側にいたらしい。
と、ナイトメアが哀しそうに一声嘶いたかと思うと、前足の膝を折って伏せた。どうやら背中に乗れということらしかった。ティアとしてはエドを放置して良いものか凄く気になったが、主であるDOPが直々に助けた人を部下たちがまた切りつける理由もないだろう。
ティアはデビルチを前の方に乗せると、ナイトメアに跨った。
ナイトメアはゆっくりと立ち上がると、一声嘶いて疾風のように駆けだした。
大分、落ち着いただろうか。
体を蝕む様な激痛は未だに絶えないが、それも仕方あるまい。
モンスターとしての体が壊れていくのが自分でも分かったが、恐怖はなかった。
おかしいことだ、と彼は思った。
ただ一人のエインフェリアを助けるために、己が命を削る羽目になるとは……。だが、この方が主等にとっても都合が良いだろう。この先、自分がどうなるかは成り行きに任せよう。……ただ、部下のことだけが心残りだった。
さて、この後どうするか。
ここは窪んでいる場所だから討伐隊にも見つかりにくい。だが、いつまでもこうしている訳にもいくまい。
彼が激痛に耐えて足を動かそうとしたところで、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
「ひゃああああぁああぁ、早いよう、スピード落として〜〜〜〜!」
『あの馬鹿まさか……!』
彼から少し離れた所で、ものすごいスピードを出していたナイトメアが急ブレーキをかけて止まった。その衝撃で乗っていたティアとデビルチは放りだされてしまったが、両方とも無事なようだ。ナイトメアは謝るようにティアに頬を擦りつけていたが、やがて彼の元にきて嬉しそうに鳴いた。
『お前、ちゃんとティアのこと、頼んだろう……』
彼は腕が痛むのも構わずにナイトメアを撫ぜ続けていたが、ナイトメアは満足そうに嘶くと闇の彼方へと走り去って行ってしまった。
「DOP、そこにいるの……?」
ティアが駆け寄ろうとした、その時だった。
「あれ、総長じゃん。DOPいた!?」
メンバーの一人がティアの真後ろから声をかけてきた。心臓が縮みあがるほどびっくりしたのは言うまでもない。
「うぅん、いないっぽい。私はあっちから回ってきたんだけど、一回も見ませんでしたよ」
「そうか、ここも駄目か〜。さっき倒したナイトメアが経験値もドロップもなかったから、DOPの取り巻きだと思ったんだけどねぇ……。そうそう、エドがついにDOPに接触したらしいですよ」
「えっ……!?」
「大丈夫大丈夫、本人は辛うじて無事だったらしいから。総長も気をつけてくださいね」
「有難う、そっちも気をつけて。私はしばらくそこでSP回復してるね」
ハーイ、と威勢の良い返事をしてメンバーが飛んで行くのを見届けると、ティアは彼の元へと駆けだした。走っている最中にも涙が止まらなくて、ぼろぼろと零れてしまった。
「DOP!」
『お前という奴は……あれほど言ったのに……』
「だって……! ごめんなさい、私のせいでさっきの子……!」
DOPは先ほどナイトメアを撫ぜていたように、再びティアの頭を撫ぜた。
『あいつらは、それを覚悟で……この場所で生きているのだ』
ティアは自分を撫でてくれているその手がもう冷たくないことに、涙も忘れて彼に向って手をかざした。
「ヒール!!」
その瞬間、DOPはティアの両手から溢れてきた光に包まれる。癒しの魔法が相手に効いた証拠だ。
「えっ……!?」
もしかしたらとは思っていたが、あまりのことにティアは固まってしまった。
『安心しろ。お前が堕ちた訳ではない。もう私は、身も心も、過去のドッペルゲンガーではないのだ』
固まってしまったティアに反して、DOPは不敵に笑っている。何もかもを覚悟したものだけが見せる、清々しいまでの笑顔だった。
『ここで息絶えれば、私はもうここに帰ってくることはないだろう。お別れだ、ティア』
「そん……な……」
またティアがぼろぼろと泣いてしまったので、DOPは痛む腕に鞭を打ってよしよしと慰めなければならなかった。
だが、ティアのヒールのおかげか、先程の様な痛みはどこかへいってしまっていた。
『お前のおかげで大分楽になった……。まだ、その時までには時間がありそうだから、一つ昔話をしてやろう』
DOPは再び壁にもたれるように座った。
彼は気付いていただろうか。この場所が、前世のティアと初めて逢った場所であったことに……。
『遠い昔の……ある一人の男の、哀しい話だ……』