〜Memories〜 26

それから数日後、ティアはとある場所に向かって行った。
ゲフェンダンジョンB3Fである。
B1,2Fはともかく、3Fのモンスター達はティアを襲ってくることはない。
入口付近にいたデビルチを捕まえ、ティアはそっと尋ねる。

 「今、DOPいるかな」

デビルチは持ち前のにかっとした笑顔を見せるとちょこちょこと歩いてティアを誘導する。
その先に居るDOPは、ナイトメア1頭を従えて墓石の上に静座していたが、ティアが近くに来るとゆっくりと振り返った。

 『なんだ、また来たのか』

ティアはその墓石の下によいしょ、と座った。
ナイトメアが上機嫌でその頬に顔をこすりつける。

 「今日皆出かけて一人だから、何かさみしくて。狩りっていう気分でもないし」

本当は、話し相手が欲しかった。
今回の騒動の一連について、誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
取りあえず事の顛末を話すと、ティアはぽつりと尋ねた。

 「DOPは白夜さんを知らない?」

彼はしばらく考えてる素振りを見せたが、

 『分からんな。氷月ほどの大規模ギルドなら、そのマスターが我々に討ち取られたとなればこちらにも話がくるだろう。……だが、いまのところそんな知らせは来ていない。可能性としてあるのは……』

 「あるのは?」

 『彼はもう、 "エンフェリア" ではないかも知れないな』

彼の言葉の意味を悟った時、ティアは背筋にぞわぞわと悪寒が走るのを禁じえなかった。

 『何故そんな顔をする?別段お前が何かした訳でもないだろう』

隣で鼻をすすっているティアをDOPは見やった。前世のティアでは考えられないような、泣きべそをかいている。
その時ふっと湧いて出た感情を悟った時に、自分も、もうモンスターには戻れないのかもしれないなと彼は思った。

 『逆を言えば、お前一人にどうにか出来る問題でもなかろう。それに、まだ音信不通というだけで決まった訳じゃない。気に病むな。何か情報が来れば、必ず知らせる』

後頭部にひやっとした感じがしてティアが振り返ると、墓石の上からDOPが手を伸ばして頭を撫でてくれているところだった。
初めてのことにティアは大分動揺して

 「手、冷たいんだね……」

としか言えなかった。
彼は笑って、

 『私はそもそもエインフェリアの様な肉体というものを持ち合わせていないからな。正直、この体については自分でも説明など出来ない。そんなことよりも、あまり悩むな。お前の所為で、私の配下までもが心配してしまってるではないか』

彼にそう言われ、ふと視線を落とすと先程のデビルチがティアの膝元に寄りかかって心配そうな表情をしている。彼の傍らから現れたマリオネットがゆらゆらと近づいてきて、ティアの肩を励ますようにぽんぽん、と叩いた。
笑顔を取り戻したティアを見て、DOPは独り呟いた。

 『これで御相子だな』

 「え?何?」

 『何でもない』

何故かその時のDOPは大変満足そうだった。

 「有難うねデビちゃん。……この子持って帰りたいなぁ。あら、お耳の横に傷跡があるのね。でも可愛いなぁ」

DOPはそれを怪訝そうに見ている。

 『……お前も悪趣味なエインフェリアの一人か。たまにこいつらの好物を使って誘拐していく輩がいる。それだけならまだしも、それを自分の配下にした後、再びここへと連れてくるのだ! あれは互いに気まずいんだぞ、中には同朋を取り戻そうとした奴が目の前でエインフェリアに倒されて……!』

珍しく怒りを顕わにした彼にティアは少々戸惑った。

 「そ、そっか、仲間にそう言っとくよ。でもあれは配下とかそういう関係じゃなくて、なんていうか……その……」

 『無理やり手懐けている訳ではないのか?』

 「そういう時はモンスターの方から逃げ出すんだよ。ちゃんとくっついてきてるってことは、飼い主がそれなりの信頼を得てるってことだし……。私はまだ捕まえたことがないから分からないけれども、そういうのって家族とか……恋人みたいな感覚によく似ていると思う。私も、DOPの好物があったらちょっと試してみたいな」

ティアは照れてテヘッと笑ったが、DOPは無言で立ち上がると真顔のまま剣を引き抜いた。

 『 だ が 断 る 』

 「ひゃあああああああああ、冗談、冗談だよぅ〜〜〜〜〜!!」

とティアが青ざめてまた泣きべそをかくと、ナイトメアがけたたましく嘶いて二人の間に割って入った。
彼は鼻息を荒くしてDOPに向かって首を上下にヘドバンしている。大方、ティアをいぢめるな、と主を諫めているのだろう。
DOPはだるそうに剣を収めてまた墓石にどっかりと腰かけた。ナイトメアは満足そうにぶるる、と鳴いた。

 『全く、お前は不思議な奴だ』

 「へ?」

 『私はともかくして、言葉の通じない奴らの信頼を得ているのが不思議でならない』

 「え、DOPは……私を信頼してくれてるの?」

じろり、とDOPに睨まれ、ひゃっとティアは飛びのいた。

 『お前に敵意がないと信じているからこそ、隣にいることを許しているのだ。お前は、どうなのだ?』

 「へ?」

 『私や、私の配下を恐ろしいとは思わないのか……?』

珍しくDOPのその眼に凄みが宿っている。
ティアは不思議そうな眼で彼を見つめていたが、やがてにっこりとほほ笑んだ。

 「そりゃ、最初は怖かったよ。DOPも、ここの子達も、長年の慣習に従って私達を殺そうとした訳だし。でも、私がDOPと、私を傷つけないようにっていう命令に従ってるこの子達を信頼して慕ってるのは、DOPが前世の私に対して寄せてくれていた、情によるところが大きいな」

 『なっ』

 「あれはね、裏切っちゃいけないと思ったんだ」

DOPが何か言いかけたところで、前方から銀色に輝く矢が飛んできた。矢は真っ直ぐに飛んできて、彼の肩を穿った。

 『ぐっ!』

 「DOP!」

 『ティア、早く帰るんだ!』

それだけ言うとDOPは素早く剣を抜いて矢が飛んできた方向へと駆けだした。
ティアもいきり立ったが、膝に乗せていたデビルチがぼとりと転がってしまったのを見て慌てて思いとどまった。
しばらく心配でうろうろしていると、足音が聞こえてきた。ティアもそちらに駆け寄る。

 『何だ、まだ居たのか……早く帰れ』

 「DOP!」

ティアのところに戻ってきたDOPは満身創痍の様だった。
先程の矢の傷に加え額からも夥しい血が流れ、それが片目を潰している。全身もぼろぼろだが、彼の剣―――ツヴァイハンダーもまた真っ赤に染まっている。
ティアのそのおののく様な視線の先に気がついたのか、彼は言った。

 『安心しろ。お前の同朋を殺しておいて、のこのこと帰ってこれる程、私は出来たモンスターではない。もう少しで仕留めることが出来たが……逃げられてしまった』

よろ、と墓石に腰かけた彼にティアは心配で駆け寄る。

 「大丈夫なの?ごめんなさい、私にヒールが出来たら……」

 『やめろ』

残った片目でDOPはティアを睨んだ。その眼はいつになく真剣な様だ。

『履き違えるな、ティア。私は、お前達の敵だ。お前が私達のことをどう思ってくれようとも、それだけは変わらない。お前の仲間にとって不利になることをするな』

でも、と食い下がったティアをDOPは手で制す。

 『お前の気持ちは有り難い。だが、私は多くのエインフェリアにとって、敵なのだ……』

彼は物悲しい眼で己がツヴァイハンダーを見やる。
あの多彩な罠を使ってくるスナイパーにもう少しでやられるところだった。
だが配下の応援と、スナイパーのミスにより巻き返しをはかることが出来た。敵に浴びせた攻撃は一太刀だけだったが、ここまで愛剣に血がべっとりと付着しているところをみると、かなり深刻な打撃だったに違いない。
彼女は撤退しただろうか、それとも配下に止めをさされただろうか……。
そんなことを考えるDOPの表情はますます暗くなる……。


私がここで戦う理由には、こいつらを護る他に、何か訳があるのだろうか……

そんなことがふっと頭をよぎった時、頭の天辺から脳髄の中心へと貫いていくような、鋭い痛みが走った。

 『ぐっ!?』

 「大丈夫!?」

彼の足元は既に血溜まりと化している。
額から髪の毛を伝って地へ落ちていく血は絶えることがなく、このままでは彼も長くはないだろう。
そんな彼を見て、ティアは自分でもよく分からない感情が内側からこみあげてくるのを感じた。
DOPを含めるボスモンスターは記憶を失うことはない。彼らは何百年もの間、この辛い苦しみを、痛みを、そして―――死を繰り返してきたのだろうか。それはもはや、拷問以外の何物でもない……。

 「DOPは……エインフェリアを敵だと思ってるの……?」

言い様のない悲しさに、ティアはぽとりと涙を落した。
自分が無力でちっぽけな存在に思えて、哀しくて、悔しくて仕方がなかった。眼の前で苦しんでいる知り合いすら助けることが出来ないとは……!
ティアが嗚咽をあげているのを聞いて、DOPはふっと顔をあげた。肩で息をしながらも、ティアに向けて穏やかな笑みを見せている。

 『過去の私はそうだった。訳の分らぬ憎しみに囚われ、その衝動に動かされ、そしてその反動に疲れて……何もかもが嫌になったのだ。自分の殺戮に理由など見いだせなかった。だが、過去のお前に生の理由を教えられ、そして……』

DOPはゆっくりと立ち上がると、ティアの頭を軽く撫ぜた。

 『今のお前にも……エインフェリアとモンスターが、調和出来うる存在であることを教えられたのだ』

ティアはふっと顔をあげて、DOPを見やった。彼は相変わらず辛そうだったが、ティアの前では弱みを見せまいと努めているようだった。そして一通りティアの頭を撫でると、その場から立ち去ろうと歩を進めた。

 『本当は、お前を敵だと思いたくない。―――ティア』

ティアに呼びかける彼の声はいつになく優しかったが、同時に何か固い決意が感じ取られた。

 『いつも言っているが、もうここには来るな。次にお前がここに来る時、私は私ではなくなっているかもしれない。最早エインフェリアの命を奪うのを躊躇している私は、君主にとっては唾棄すべきものであるだろう。……頼む、この場所で、お前が傷つくのを見たくない』

 「DOP……?どういうことなの?」

ティアが問いかけるよりも早く彼は闇に紛れ、その場からいなくなっていた。

                     
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