〜Memories〜 25

総長、そう呼ばれるのがこそばゆくないと言ったら嘘になる。現に、入団直後にティアはこう言ったのだ。

 『私と前世のティアさんは別ものだから、総長と呼ぶのは相応しくないよ』

ところがメンバーは困ったように顔を赤くしているティアの案を一蹴したのだ。

 『だめだめ、総長はいつまでも総長なんですよーだ』

これには流石にリヒトも苦笑していた。

 『オレを含む皆がもう馴染んじゃってるので、どうか見過ごしては貰えませんか』

はぁ、とティアは溜息をついた。自分には重過ぎる名前だよぉ……。
そんなティアの前では今大議論が起こっている。

 「だから、総長にはこっちのが似合うだろ」

 「認めん、断じて認めん。アコライトには天使のヘアバンドが一番である!」

どうやら仲間が同時に持ってきた悪魔のヘアバンドと、天使のヘアバンド、どちらをティアに装備させるかで議論が巻き起こっているらしい。割とどうでもいいことだが、言い争っている当人たちは必死である。

 「どうやら譲る気はないようだな」

 「そっちもだな」

「ならば今日という今日こそ、我が正義だということを示してやる!」

 「モンクなんざオレの敵じゃねぇぞ」

 「アサシンクロスなんぞ阿修羅で終わりよ!」

ついに議論がこじれて直接対決になってしまった。周りもやいのやいのと囃し立てている。初めてエインフェリア同士が対決するのを見たティアは狼狽し、止めるよう周りに頼んだが周りはあっさりしたもので、

 「いつもの二人ですから」

 「仲が良い程喧嘩するってもんです。大丈夫ですよ、本当に危険になったら私らが二人をぼっこ凹にするんで」

こう笑顔で言われたら仕方がない。
最初はハラハラと様子を見守っていたティアだが、今は一応静観するものの仲間入りを果たしている。
アサシンクロスとモンク、大分ハンデがある者同士のはずだが、これが結構見ごたえがある。
モンクは執拗にコンボを決めようと攻めるし、AXは持ち前の身ごなしでひらりひらりとそれをかわす。
AXが不意を突こうとハイディングするとモンクはすかさずルアフで炙り出し、反撃の一手を加える。

その時通りかかった女ハイウィザードと女プリーストがこちらを見て何事か囁き、笑いあう。
またあの人達よ、本当に仲が良いのねぇ。そんな声が聞こえてきそうである。
同時に二人はティアの姿を認めると、こちらに手を振ってきた。仲間の数人とともにティアは応じた。今や屈指のギルドだったLuCeの後継ギルドにティア=ルークスが戻ってきたということは周知の事実で、同時に人々に希望を抱かせるに十分なものとなっているのだ。

そのティアの横にモンクが吹っ飛ばされてきて会場は一時どよめいた。が、モンクもすぐに立ち上がって再びAXに突入していく。
二人の試合は決着がつくことが多くない。だが、時にAXがエンチャントデットリーポイズンを使って、メテオアサルトを放ちモンクを戦闘不能に追い込み、時には卑怯とも取れる手に怒りを顕わにしたモンクが阿修羅覇王拳を決めたこともあり(確かにあれはリザレクションが間に合わなければやばかっただろう)戦力は中々互角のようである。二人の試合を見ていくうちに、ティアはこれは訓練の一環だと勝手に納得していた。

 「はぁ、はぁ、ちくしょう、今日はこれで勘弁してやる」

 「……それはこっちの台詞だ」

今日はこれにて終わったようだ。

 「だが、だが認めんぞ、神の使いたるアコライトに悪魔ヘアバンドなどっ……!」

 「お前は時代が古いのだ」

 「何をぅっ!」

また火花が散ろうとしていたとき、リヒトがひょっこりと姿を現した。

 「おかえりマスター。……何それ!?」

見ればリヒトは見慣れないものを被っていた。

 「あぁ、ペコペコのヘアバンド?新しいアイテムみたいで、買ってきちゃった」

 「か〜っ、マスターは相変わらずミーハーやな!」

 「ほんとね、高かったんじゃないそれ?どうせまた値下がるわよ」

たれ猫みたいに悲惨になるわよ、と女ウィザードは苦笑した。満足そうに笑っているリヒトは特に気にした風もない。

 「新アイテム、どうせ神々がまたアレのセットでも出してるんでしょう?」

 「そういうこったな。マスター、他にも何かなかったの?」

 「俺が買ってきたのはこれと、それから……」

その時ティアの頭上に何かがそっと置かれる。温かく、柔らかい感触に思わずティアはハッとする。周りも思わず息を呑んだ。

 「マスター、何それ……」

 「"ひよこ"だって。総長によく似合うだろ?」

途端にわぁっとメンバーがティアの周りに集まった。ティアは頭上を見ることができなくてもどかしい。

 「わっ、本物だ。生きてるの?」

 「うわぁ動いたよこれ頭に乗せてて大丈夫なの??」

 「現物のひよこではなくて、神々が作ったホムンクルス的なものだろう。餌の必要もないし、フンで頭を汚される恐れもない。……しかも何か特殊能力付きらしい」

ひよこはティアの頭上でピィピィとか弱く鳴いている。頭上の暖かくもぞもぞする感触に、ティアもそれが生きているということを理解した。

 「これで総長の頭に乗せるものは決まったな」

ローグがニカッと歯をむき出しにして笑った。先ほどの二人はフンッとそっぽを向いてしまった。

ティアはそっと頭の上からひよこを下ろしてみた。円らな黒曜石のような二つの瞳がティアを見つめている。なんだか嬉しくなって、思わず顔をあげてリヒトにお礼を言う。

 「有難う、フェイ。……あ、リヒトさん」

 「フェイで良いです」

その時だった。
瞳に愛情をこめてメッセージを交わす二人を見て、一部がゆらり、陽炎のように立ち上がった。

 「むううう、早速総長に貢ぎやがって〜けしからん」

 「同意。あれは邪なもの。排除せよ排除せよハイジョセヨ」

 「えっ、ちょ、おまえら……うわああああああああああああああああああ」

リヒトはあっという間に4,5人の野郎共に囲まれ、文字通りフルボッコされてしまった。周囲も相変わらず反応のかわいいリヒトを眺め、笑っていたその時だった。

 「マスタあああああああああああああああああああッッ!」

まさに渡りに船、のタイミングだった。
リヒトはすかさず立ち上がって呼ばれた方に駆けていく。リヒトを囲んでいた野郎共は悉く舌打ちをしたが、それも数瞬で消えた。
リヒトはそれを見た瞬間、石のように固まった。
周りは只ならぬ気配にヒソヒソと話し合い、場は一気に不穏な空気に包まれつつあった。

 「セト……お前、本当に……」

リヒトの困惑したような声が聞こえてきて、ティアも野次馬の隙間からリヒトの目の前にあるものを確かめようとした。

 「あっ!」

その姿を確認した瞬間、ティアは思わず声をあげてしまった。周りの視線が一気に集まる。

 「この前の商人さんじゃない!」

今リヒトの目の前にいるのは、ティアにマミー人形を渡すと約束し、そして私だけの騎士であるフェイを代わりに渡してくれた、あの商人だった。あの時から随分探していたのだが、ついに見つけることが出来ず、諦めていたのだが……。
この前と違う状況といえば、あの商人がいつぞやのフェイのように後ろ手を縄で縛られていることだった。
何か新展開か、と周りの野次馬もティアの為に道を開けた。ティアも商人の前に走っていく。

 「フェイ、何があったの?商人さんはどうして……?」

商人は顔を俯けたままで、何も喋ろうとしない。リヒトも沈痛な面持ちでいる。彼を引っ張ってきたエドとハイプリーストは彼を睨みつけたまま、何も言わない。

 「彼は……セトは、元々このギルドにいた仲間です」

ようやっと口を開いたリヒトの言葉に、状況を飲み込めていない仲間と共に、ティアは眼を丸くした。

 「待って、どうして仲間の商人さんが縛られなきゃいけないの!?」

 「それは……」

 「それはこいつが今回の事件の始まりだからな」

重々しいリヒトに代わって、エドが相変わらずむすっとした表情で呟いた。全てを理解したのか、急に周りがざわざわと囃したてる。Lightsが騒がしいもんだから、周りの無関係な人間まで集まってきた。だが、エドを含む幹部たちはそれをあえて追い払おうとはしなかった。

 「ロイは上手く逃げられたかな」

困惑した表情で、リヒトが彼に尋ねた。

 「ロイさん、ロイさんってもしかして」

 「ここにいますよお嬢さん」

背後からねっとりとした声が聞こえてきて、思わずティアは悲鳴をあげて飛びのいた。振り返ってみると真っ白な髪の、ちょっと柄の悪そうなチェイサーがニコニコと笑って佇んでいる。
ティアは一目見ただけでそれが誰かを理解した。

 「あ、貴方はこの前の氷月の!」

Lightsに加入した日に出会った”Cristal Moon”のチェイサーだった。
ひぇぇとリヒトの方に後ずさるティアと対象に、リヒトはようやっと軽い笑顔を取り戻して彼に歩み寄った。

 「……無事で良かった」

 「馬鹿にすんな、俺だって立派なチェイサーや」

 「昔、そういってハティーにやられた馬鹿が一人いたっけな」

談笑の最中、リヒトの背後にすっかり隠れてしまったティアにロイは話しかける。

 「いややぁ、すっかり嫌われてもうたみたいや。ティアさん、安心してくださいな。もう氷月は抜けてきましたよ」

へ?とティアがひょっこり顔を出してロイの肩を見てみると、なるほどエンブレムが消えている。

 「そこの商人が口を割らないんなら、俺から話しましょか。メンバーの皆さんもこっち来て下さいな。そや、そこらへんに座ってください」

エセ関○弁の人懐っこい彼の人柄なのか、メンバーは興味駸々に彼とセトの周りに集まった。

 「まずは俺の自己紹介から。知ってる人もおると思いますが、俺はロイって言います。そこのアホ毛マスター、リヒたんの旧友で腐れ縁です。どれくらい腐ってるかというとあくる月は毎日二人で や ら な い か と」

 「嘘教えんな嘘を!」

  • 真横からスパーンと決まったリヒトの突っ込みに観衆がどっと沸いた。幾らか空気が和んだのを見てチェイサーはニッと笑い、話を続ける。

 「えー、まぁそれでずーっと仲良く付きおうてきたんですけどな、そこのティアさんの前世のクルセさんが亡くなって、後継にLightsが出来てGvの戦績をめきめきと伸ばしてきた頃に、今は対抗馬となった氷月の方が何だかきなくさくなってきた。まぁこれはチェイサーとかアウトロー筋の情報ですけどね。そこで当時無敵のソロ軍団を貫いていた俺は決心したんですわ。こらアカン、Lightsが狙われとる。何か手を打たなアカンということで、しょぼっちぃスパイとして氷月に潜り込んだんですわ。当のリヒトはやめろ言うたんやけど、幹部さんの手助けもあって無事に潜り込むことが出来ました。俺がリヒトの親友ってことは氷月も分かってるやろうし、警戒されるとおもったんやけど、それを逆手にとって何か俺から情報をつかもうとしたんやろうな。まぁこちらに不利にならない程度の働きはしてきたしな。で、今回氷月はこいつを使ってLightsのギルド機能を麻痺させようとしたんや」

ロイは顎を使ってセトの方を示す。

 「流石に氷月さんの方も警戒して、俺も調べるのに大分手間取った。一気にやると疑われてしまうしな。まとめてきた情報によると、こいつがリヒトを誘き出して何らかの方法である薬を飲ませる。恐らく魔法薬の一種だと思う。記憶喪失と見た目を変えるような奴や。おっそろしいわ、どんな仕組みになってるかなんて俺は知らないけどな。これによってマスターは生きてるけど、ギルドマスターとしての自覚は本人にない状態になる。記憶がなくなるんやから、本人はギルドってなんや?って状態になる。それだけでギルドの機能は全て麻痺してしまうねん。マスターがいながら、居ないという状態になってしまうんやからな。勿論Gvに出ることも出来なくなる。それが奴らの狙い目やったんや。まぁここは氷月のもっと手だれがやったんやろ。で、そんなヘロヘロになったリヒトの処理はどうしたか。それを氷月はそこの商人、セトに任せることにしたんや」

ロイはまた顎をしゃくってセトの方を示した。
周りはどよどよとざわめいた。

 「まぁヘロヘロリヒトをどこかにぽつんと置いておくこともできたし、声も出ないんだからそうした方が効率的だった。せやけど、こいつに残っていた良心はそれを許さなかったんやな。ヘロヘロリヒトをそこの嬢ちゃんに渡したってことは、この世界にきたばっかで世俗に疎いノービスあたりの御手頃な者に預けてやろうって魂胆やったんやな」

ヘロヘロリヒト、の単語が出るたびにあちこちからくすくすと忍び笑いが漏れてくる。リヒトも頬っぺたを赤くして困ったような、怒ったような顔をしていた。

 「まぁある意味危険な賭けでもあったと思う。嬢ちゃんもそうであったように、こいつが元々は誰であったか探してくれるような人の手に渡る危険性もあったわけやからな。実際そうなったんやし」

 「私は最初、放置しようと思ったんだけど、ヘロヘロになったフェイったら私の後ずっと追てくるんだもん!」

ティアの口からヘロヘロの単語が出た瞬間、今までこらえていた後ろの集団が飲んでいた牛乳を噴きだした。

 「まぁ、そこが誤算やったんやろうな。ヘロヘロリヒトが、まさか幼児退行も起してるとは思わなかったんやろう」

 「そう言えばすっごい幼い顔してたよね、あの時のマスター」

うさみみハンターがとどめを刺した。リヒトはもう顔を真っ赤にして俯いてしまってる。
ロイはニヤニヤと笑って、

 「で、氷月の目論見は見事御ハズレ、今に至る訳や。そこの商人さんはきっと、ヘロヘロリヒトの過去何か追わずに当分仲間になってくれそうなノービスに渡したつもりやったんやろうな。せやけど、せめて名前くらいは聞いておくべきだったな」

皆は一斉にセトの方を向いた。彼は相変わらず、俯いている。

 「セト、俺の記憶はここで止まってるんだ。"マスター、助けて欲しい。話があるからxxxまで来てください"、そうお前からテレパシーがあって指定の場所に向かった。こうしてお前は俺を誘き出すことに成功した。しかも、夜中にな。でも、俺はあの切羽詰まったお前の声に嘘いつわりがあるとは思えないんだ。……お前、本当に何か困ったことがあったんじゃないか?」

リヒトにこう言われた途端、セトは顔をばっと上げ、次の瞬間大粒の涙を零して泣き崩れた。

 「すみません、マスター、すみません、俺……俺……」

 「認めるんだな」

エドが冷ややかに言い放った。

 「はい、恥ずかしいことですが何もかも御話します。マスター、本当に申し訳ないです」

 「いや、いい。続けて呉れ」

 「はい、実は俺、今……至る個所から借金を抱えているんです。マスターから借りたお金も返せないまま、色んなところに手ェ出しちまって……」

一瞬、周りが不気味な静寂に包まれた。気温が一気に下がり、ブリザードが吹き抜けていったかのように心が寒い。見れば、ロイは口をあけたままぽかんとしており、エドは今にもこの下種が! と言いたげな、鬼のような顔をしていた。

 「じゃあお前は、マスターから金を借りたままドロンした訳か!」

男モンクのこの一言で、外野は正気に返り騒々しくなった。さっき氷点下だった温度が、一瞬にして沸騰した。リヒトが身振り手振りで何とか鎮めようとするが、なかなかメンバーは納得しない。

 「落ち着け、俺の私財の一部……数十万だし、ギルドには何の影響もなかったから!」

でもでもでもでも、とメンバーの皆が何か言いたげなのを良いから、良いからとリヒトは鎮める。どこまでも良い人なのだろう。そんなマスターに、

 「っか〜〜〜〜〜っ、これだからマスターはもう!」

と女ホワイトスミスは頭をぼりぼりと掻いた。御金の事にはしっかりして下さいよ! と野次も飛んだ。ギルドの会計からのブーイングはすざまじかった。

 「分かった、今度からちゃんとするから……。セト、続けて呉れ」

 「はい。……そのうちの数か所が氷月につながっていました。氷月のマスターは、全ての借金を帳消しにし、お前らを賄ってやるからあることに手を貸せと……」

 「待った! お前"ら"って誰や!?お前、一体何の為に借金をするまでになったんや???」

厳しい表情でロイがすかさず切り込んだ。対するセトはしまったと息を呑んだ。

 「あの時言えなかった理由、話して貰えるだろうな?」

諭すようにリヒトが話しかけると、セトはまた俯いてしまった。
やがて震えたような声で、

 「……俺、恋人がいるんです。優しくて気立てが良い、名も無き野の花のように可憐な……人間の恋人が……!」

その途端、辺りは水を打ったようにシーンとなった。
セトはまたぼろぼろと大粒の涙を零している。
これは周りの人間、と言うかエインフェリア達ににとってかなりの衝撃だった。この世界に降りてくる際に神々の代行人から色々なことを叩きこまれたが、その中の 『エインフェリアが最も恥ずべき行為』 のうちの一つに、人間との交際があった。つまり、神々は人間とエインフェリアが恋人、夫婦という関係になるのを禁じているのである。
理由は簡単であった。
エインフェリアは単なる戦闘道具にすぎない。それ故にエインフェリア製造時に生殖機能などという面倒なものは一切取り除かれる。その代わりに人にはない戦闘能力の源や不老不死といったシステムを組み込んでいる。致死的な急所も減るので一石二鳥だ。だがそうなるとエインフェリアと人間との間では子孫を残すことが出来ず、人間の衰退を恐れた神々はそれら一切を禁止したのだ。
刷り込みのようにしてはいけない、恐れ多いことと教えられてきたエインフェリアにとってはかなりの衝撃だったに違いない。それ程のタブーだったのである。

 「蔑んでもらっても、道端に落ちている犬の糞を見る様な眼で見られたって構いません、それでも俺は彼女を見捨てることは出来なかったんです……!」

 「見捨てるゥ……?まぁええわ、続きを聞こうか」

ロイは怪訝そうな顔をするも、セトは素直に頷いて話を続けた。

 「はい。商人になりたての頃、俺はまだ資金もそんなに満足ではなく、しがない露店ばかりを開いていました。最早誰も相手にしてくれないような品をいつも買ってくれる常連さんが彼女で、仕事の帰りに寄ってっては、自分の品物を買ってくれてました。それなりにお互いに見識が出来た頃に、彼女は自分のことなどを少しずつ話してくれるようになったんです。身なりからそれなりの察しはついていましたが、裕福な家ではないこと、母親は他界し、父親が病の床についていること。リヒタルゼンから取り寄せている父親の薬が高価なため、働きに出ていることなど……。それでも彼女は決して悲観的な振る舞いは見せることなく、いつでも自分に笑顔で接してくれるのです。その健気な姿は、自分にとってまさに天使でした。自分は、いつからかこの人の為に何か出来ないか、そればかりを考えるようになりました。といっても商人の自分に出来ることなんて、微々たるものでした。親父さんの為に白ポーションを送ったりとか、本当にそれくらいで……。あくる日、彼女に招かれて親父さんと共に御食事を頂いたこともありました。親父さんの容体は良くありませんでしたが、白ポーションで痛みは治まるようで、何度もお礼を言ってくれました。父親が安らかになった時の彼女の安堵の表情を見て、彼女の役に立ちたいと、何度思ったことか……。ですが、親父さんを見たのはこの日が最後になりました。それから一週間ほど彼女を全然見かけなくなり、心配で尋ねに行ったときのことです。家の中から怒号と悲鳴が聞こえ、慌てて入ると彼女がいかにもな男数人に囲まれていたのです。事情を聴くと、父親の薬代の借金の片に花街へ売られてゆくとのことでした。そこで俺はとっさに……、その借金を全額払うと言ってしまったのです……」

場は再びシーンと静まり返る。
セトは嗚咽をこらえるような声で、

 「それはとても俺一人にどうにか出来る額ではありませんでした。いえ、俺がエインフェリアとして成熟していれば難なく集められたであろう金額ですが、当時の俺にとっては大金でした。そこで、俺は愚かながらにも人様のお金に手を出してしまったんです。それが、マスターから借りたあの数十万でした……」

 「それで、その場の借金は全部返せたのか」

 「はい、お陰様でどうにかなりました。本当は、このままならいつも通りの日常を過ごして、マスターへ返すお金を稼いでいるだけで良かったんです。ところが……」

 「ところが……?」

しばし押し黙ったセトにリヒトは促すように尋ねる。彼はまた大粒の涙を一滴、地面に落した。

 「親父さんと同じ病気が、彼女を襲ったんです。聞けば、おふくろさんも同じ病気で亡くなったんだそうです。彼女は、いずれは自分も同じ病気にかかって死ぬものだと覚悟していました。そうしていながら、もう貴方にこれ以上の迷惑はかけられないから、自分のもとを去って欲しいと、そう俺に頼むのです。……見捨てられるはずがありませんでした。まことに身勝手な理由で、マスターにご迷惑をかけてしまいました。神々に禁じられた罪を犯した、愚かな、哀れな男です。思えば、ギルドに入ってから碌に会話や集会に参加していませんでした。マスター、すみません、すみません……こんな俺に良くしてくれたのに、俺は……何も……!」

そうむせび泣くセトの背中を見てか、エドも憐憫の表情を浮かべた。
男くさい連中は既にイイハナシダナーと同情泣きしている。女子が引いている。

 「それでも、低レベルな俺には限界がありました。ついに俺は、借金に手を出してしまったんです……」

 「どうして、一言相談してくれなかったんだ……」

哀しい表情でリヒトが呟いた。口から吐き出す溜息は、疲弊の色を帯びていた。

 「すみませんマスター、前のお金もまだ返し切っていないのに続けてお金を借りるなんて厚かましいこと、出来ませんでした……」

 「結果的にドロンするよりは、マスターに相談した方が良かったわよ!」

ウサ耳ハンターに言われて、その通りだとセトはしょげた。だが彼も人間と交際していることが露呈するのを恐れたのだろう。

 「全くその通りです。俺は無視できない金額に達したと判断したと同時に、Lightsに迷惑が及ぶ可能性を考えて、勝手にギルドを抜けてしまいました。それからも死に物狂いで金を稼ぎ続け、借金を返済してはまた借りる、所謂自転車操業状態に陥っていました。そして利子が膨らみに膨らみ、ついに返済出来ない額になってしまったとき、俺はとある人の前まで引っ張られました。想像はつくかと思いますが、氷月のマスターです。……本当に氷の様な月の出る晩でした。目隠しを解かれた俺の目の前には、氷月のマスターが不敵な笑みを浮かべて佇んでいました。俺はもうそれだけで頭が真っ白になって、眼も開けたまま閉じることが出来ませんでした。氷月のマスターはそんな俺を見て満足そうに笑うと、俺に対してありとあらゆる憐憫の言葉をかけてきました。俺は、そんな言葉の一つ一つを気にかけられない程、恐怖で頭がいっぱいでした。もうここで死ぬんだ、本当にそう思いました。だけれども、氷月のマスターはこう言ったんです。今でもその言葉はハッキリ覚えています。氷月のマスターは腰の剣を抜き、俺の顎の下にそれをぴたりと当てがってこう言いました。 『生き抜くために、恩人を裏切る覚悟はあるか?』 と。俺はあります、と答えたのか首を振ったのかも覚えていません。でも俺は、……それを呑んだんです。そして氷月のマスターは今までの借金を帳消しにし、彼女を養う代わりにLightsを消すために手を貸すよう、我々と契約しろと言ってきたのです。……逆らえるはずは、ありませんでした……」

 「それが、今回の事件の全てなのね」

ふぅ、と肺に溜まった息を一気にいて、セトはまたがっくりと項垂れた。申し訳なさが全身から滲み、見ているだけで憐憫の涙を零しそうな顔色だった。

 「今彼女さんは無事?」

外野がこの一言で一瞬にしてどよどよとざわめいたが、ロイが笑顔で親指を立てた。

 「勿論や。俺の仲間がもうすでに安全なところまで移しちょる」

彼が持ち前の人懐っこい笑顔を見せたことで、場は一気に和んだ。が、それも束の間のことでロイは急速に顔を曇らせてこう言った。

 「で、リヒト。こいつの処遇はどうするんや」

その一言で、辺りは再び無音に支配された。
メンバー一同と、いつの間にか集まってきてる野次馬の視線がリヒトに集中する。
リヒトは軽い溜息をついた。

 「色々と、"おとしまえ"は付けてもらわなきゃならないみたいだな……」

 「はい……。俺は、もう自分がどうなろうと構いません。彼女は……ロイさんが、悪いようにはしないと言ってくれました。俺はそれを信じています。俺のしたことでどれだけ多くの人に迷惑をかけたのか、正直検討も付きません。でも今後マスターに何をされても何も言えないようなことだったとは、理解しています」

ティアが涙目になって、フェイ、と呼びかけようとしたとき、

 「お前の覚悟の程は分かった。そうとあらば、お前にはこのギルドにとことん貢献してもらわなければならないな。そうだな、経験値は最低10mは上納してもらうぞ。後は会計が不足していたので丁度良いな。これでアウォードは製錬に集中できるし、エニティはしばらくLv上げに特化出来るな。商人クラスの皆、悪いがこいつをびしばし鍛えてやってくれ」

最初リヒトの話を聞いてきょとんとしていた外野の一部が不敵な笑みを放ち始めた。

 「そういうことだ。今度こそギルドと、そしてより多くの人に貢献してもらうぞセト。前世のお前には世話になった。俺はお前を信頼しているんだ」

リヒトが笑顔で右手を差し出す。
外野の一部にはまだ不満があるものもいるらしいが、大勢のものが新しい仲間を受け入れていた。辺りはいつもの陽気さを取り戻し指笛を鳴らすものもいた。野次馬も思わず拍手をしている。

 「マスター……、すみません、すみません……」

セトはまた涙に顔を歪めて、リヒトの手を握ろうとした。


 ―――その時だった。野次馬外野が集まっているプロンテラ十字路方向が騒がしくなってきた。野次馬たちは何か近づくとヤバイもの、そして汚いものを見るような眼で道の端に逃れた。

 「美しい茶番だな、リヒト」

その人垣の中から現れたのは、威圧的なまでの銀髪のパラディン―――クルセイダーの上位職だった。
リヒトを睨み据えるその眼に光るは、百獣の王たる金色の秘玉。そして、その肩に光り輝くは、透き通るような月と、蒼に美しく彩られたエンブレム。

 「自分の金を持ち逃げしたような奴をギルドの会計に据えるのか。今度はギルドの資金を持ち逃げされるかもな」

男は口の端を持ち上げてニヤリと不敵な笑みを見せた。
リヒトはセトに差し出していた手を下ろし、やや眉をひそめながら立ち上がった。

 「白夜さん、何か御用で……?」

 「うちの知り合いからそうとう金を借りている男がいるとの情報があってねぇ……迎えに来たのさ」

セトの顔色が一気に急降下した。
氷月のマスターの物言いに、外野の血の巡りが早い者は次々に立ち上がった。リヒトはそれを手で制す。

 「それはもしかして、この商人では……」

 「まぁ、そういうことだ」

氷月のマスター、白夜はせせら笑うように鼻を鳴らした。侮蔑の色がありありと見てとれる。外野はこの傲慢不遜なマスターに痛いほど空気をピリピリとさせていた。

 「分かった。こいつは俺のギルドのメンバーだ。俺が全責任を持って対処しよう。誰に補償すれば……」

 「そういうあんたらだって、そこの商人を利用してマスターを誘拐したんでしょう!?」

 「そうだ、借金の代償に働かせたんだろう、今更金返せはねーだろ!」

折角丸く収まりかけたところで、納得のいかない外野が次々と立ち上がり始めた。関係ない周りの外野もそうだそうだと声を張り上げて、しまいにはブーイングが乱れ飛び、リヒトは思わず片手で顔を覆った。
だが、それでも白夜は不敵な笑みを崩さずに、くっくっくとおかしそうに笑うとこう言い放った。

 「なんのことかね?」

急に野次が止んだ。
ティアも一瞬、何のことか理解できずに頭が真っ白になった。ここにきて氷月のマスターは開き直ろうというのだろうか。見れば、ロイは苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。

 「我々氷月がリヒトを誘拐した事実はあるのかね……?」

 「そ、それはたった今、この商人が証言してくれたぞ!」

慌てて一部が反撃に出るが、何故か思わず怯んでしまう様な雰囲気が辺りを支配している。
白夜はなおもせせら笑うと、

 「そんな嘘が通用するものか。氷月がリヒトを誘拐した事実があるのか?ここにいたメンバーが聞いていたそうだが、リヒトにつかった物騒な薬とやらがうちのギルドから出てきたとでもいうのかい?生憎だが、そんな都合の良い薬が存在することなんて聞いたこともないし、うちにそれだけの力があるとは思えないね」

 「とんだ謙遜やな。あんさんらは本当にうまくやったよ。この俺でさえ尻尾―物的証拠をつかめなかったんやからな。何だか、とんでもねぇ闇を相手にしておるようで鳥肌が立つわ」

汚いものをぺっと吐き捨てるようにロイが呟いた。
リヒトは態勢を整え直すと、

 「で、誰に幾ら補償すれば良いか……これは俺個人が伺おう。皆はここで待っててくれ」

マスター、俺も行く。と、エドを含む数名の幹部が共に向かおうとしたのを白夜は制した。

 「まぁ待て。ちょっと良い案があってな」

リヒトはおもむろに顔をしかめ、ここにきてロイも立ち上がってティアの前に出た。その様子を前にして、白夜はそのドスの利いた声を広場に響き渡らせた。

 「一人を無事にLightsに帰してやる代わりに、ティア=ルークスをこちらのギルドに頂きたい」

全身が総毛立つというのはまさにこのことだった。全身がぞわぞわとするこの感じに吐き気さえ催しそうだった。そう思ってるのがティアだけでないことは、周りの人間の顔を見れば一目瞭然だ。男くさい連中は既にいざ掴みかからんとばかりに眼に殺気が宿ってるし、女子達は汚いものを見る侮蔑の目線と、一部憐れむようなものも見られた。
さらに2、3人がティアの前に立った。

リヒトは姿勢を改め、きっと白夜を見据えてきっぱりとこう言った。

 「残念だが、それは出来ない。ギルドの総意だ」

 「フン、まぁそう言うだろうとは思ってたが……」

と、その時、

 「祭りだ祭りだ!」

 「今日も枝テロで盛り上がるぉwwwwwww(^o^)」

 「ばwwwwしwへwwろwwwんwwだすwwwwww(^q^)」

白夜の後方、十字路から壮大な悲鳴が聞こえてきた。同時にモンスターの雄叫びが木霊する。数はかなり多そうだ。誰かの手によって古木の枝で召喚されたモンスター達が暴れているらしい。

 「くっそうVIPの奴らこんな時に!」

白夜の後ろに控えていた野次馬は既に討伐に向かい、十字路の商人や低Lvのエインフェリアの救出にあたっている。が……。

 「やばい、誰か血枝折ってるぞ月夜花が湧いてやがる!」

まずい、とLightsのメンバーも準備を整えて次々と現場に向かう。

 「白夜さん、後で溜まり場に行きます。今は、テロの始末を」

 「良いだろう」

リヒトに続いて白夜も走り出す。
ティアも皆に続こうとしたが、他の一次職数名と共に残るように言われた。仕方ないので怪我人の救出と、ティアは看護にあたっていた。
と、その時一部のモンスターが人垣をすり抜けたのか、ティア達の方向に向かってきた。すかさず前衛職が前に出るが、中には高Lvなものもいるらしい。

 「うあっ!」

最前線でモンスターの進行を防いでいたブラックスミスが吹っ飛ばされる。彼は先ほど名前があがった戦闘BS、エニティだ。モンスターにやられたのか、打ちどころが悪かったのか、ぴくりとも動かない。

 「エニティさんっ!」

ティアが駆け寄ろうとしたとき、総長! と前方から悲鳴が上がった。見ればエニティが抜けた隙間からモンスターがティアに向かってきていた。
白骨の侍、彷徨う者だ。このモンスターは足が速く、逃げ切れないとティアが悟ったその時―――

 「バックスタブ!!」

彷徨う者の後ろからローグが表れて鋭い一撃を加えた。彷徨う者は気絶し、その間にローグと一次職が技を繰り出して沈めることが出来た。
他に流れてきたモンスターも無事に片付けることが出来たらしく、十字路はともかく溜まり場は安全なようだ。

 「有難う御座います……氷月のローグさん」

ティアを助けた彼は、この前ロイと一緒にティアを誘拐しにきた言葉遣いの荒いローグだった。ティアはてっきりロイの仲間の一人かと思ったが、彼の肩には氷月のエンブレムが光っている。

 「いや気にするこたねぇ。大事な商品に傷がついちまったら大変だからな」

 「へ?」

ティアがその言葉を理解するよりも早くローグはティアの視界から消え去り、急に地面がなくなった。突然の浮遊感にティアが気付いた時、彼女はそのローグの肩に担がれていた!

 「きゃああああああああっ!?」

突然体が浮き上がり、悲鳴を上げたティアに仲間が駆け寄ろうとした。が、今彼らが動けばエニティは放置されてしまう。

 「総長!」

 「私はいいから、エニティさんを……!」

 「流石人格者として知られた人やな。周りも本当にこいつが大事だったら、動くなよ。動けばどうなっても知らんぞ」

エニティの側に駆け寄った者を除いて2,3人がローグと対峙している。
十字路からメンバーが帰ってくる様子はなく、むしろまた大きな雄叫びが上がったところをみると苦戦しているのかもしれない。

 「総長をどうするつもりだ……!」

 「どうもこうも、ちょいとお借りするだけよ。悪いようには決してしねぇから、お前らはただそこで待ってれば良いんだよ。じゃな」

ローグがそう言ってその場を去ろうとしたとき、ティアは本能的に悪寒を感じていやだいやだとじたばた暴れだした。

 「おっと嬢ちゃん、大人しくしてな。じゃねぇと無理やり黙らすぞ?」

 「ひっ!」

ローグの脅しにティアの体が一瞬硬直し、足がぴーんと伸びて痙攣した。その時足の先にあった場所は、ローグにとって最悪なものだった。

 「ぐうっ!」

 「へ?」

ティアのつま先は、勢い余ってローグの股間にクリティカルヒットしたのだ!
しかも一回だけではない。ひよこの特殊能力、ダブルアタックが発動した為、ティアのクリティカルヒットは2回もローグの致命的な部分に激突した。

 「んぁ……あぁあ……」

ローグは苦しそうな呻き声をあげると地に膝をついた。一応ティアに気をつかったのか、振り落とされるようなことはなかった。事がアレなので、流石にティアもローグの苦しそうな様子に同情し、ヒールをかけてやろうとしたが仲間に止められた。股間を蹴られたローグはしばらく苦しみもがいていたが、十字路からモンスターの雄叫びが消え、辺りから不穏分子が消え去っただろうと悟ると、苦しみながらもハイディングで逃げ去っていった。
辺りは平穏を取り戻し、エニティも無事眼が覚めたようでティアの方に駆け寄ってきた。
やがてLightsのメンバーと氷月のメンバーが戻ってきた。白夜はティアを一目見た途端、機械仕掛けの人形のようにぎくりと動いた。残っていた仲間がおかえりなさいやお疲れ様を言うよりも早く、氷月のローグがしでかしたことを糾弾した。

 「そいつは申し訳なかった……きちんとしばいとくよ」

白夜はさも申し訳なかったようにリヒトに謝ったが、ロイは今にもその顔に唾を吐きかけそうな勢いである。
リヒトと白夜はその後、今後の日程の調整を話し合った。

 「分かった、明日の××時、証人と一緒に待っていてくれ」

 「その必要はないわ」

リヒトが白夜に確認をとったところで、十字路から凛とした女性の声が聞こえてきた。
野次馬の中から現れたのは、真っ赤な髪の美しいクリエイターだった。髪の色と御揃いの深紅の眼鏡が知的さを醸し出している。

 「ルビー、何でお前が……?」

そう尋ねる白夜の顔色は明らかに真っ青だった。
ルビーと呼ばれたクリエイターは一瞬、哀しそうな眼を白夜に向けたが、次にまっすぐな眼をリヒトに向けてこう言い放った。

 「リヒトさん、貴方に使われた薬は、私が作りました」

その声は凛とした響きを伴って溜まり場に広がった。
ルビーは哀しい光を眼に宿しながらも、真っ直ぐにリヒトを見つめている。しかしその姿は哀愁そのもので、肩のエンブレムの光までもが、物悲しい。

 「ギルド内のハイウィザードとプロフェッサーから作り方を教えてもらって調合しました。材料さえあれば、この場で調合するのも可能です。信じてもらえないかもしれませんが、これが現物です」

そう言って彼女が腰のポーチから取り出したのは、ポーションの瓶に入った緑色の液体だった。光に透かすとやや黄色がかって見えるようだ。
ルビーはそれをそっとリヒトの側にいたエドに手渡した。

 「ルビー……?何故だ、何故……」

先ほどまでの尊大な態度はどこへ行ったのか、白夜はもぬけの殻と化したような虚ろな眼でルビーに尋ねる。
ルビーは心底辛そうな目で白夜を見つめる……。

 「ごめんなさい、白夜……。あなたがこれをティアさんに使おうとしていると知った時、どうしても止めなければと思ったの……」

その瞬間Lightsのメンバーが口々に騒ぎ始めた。
ついに証拠が出た!
殆どのメンバーが指をボキボキと鳴らして臨戦態勢に入っている。自分たちの敬愛するティアに何をしようとしていたのか。その場はまさに一触即発状態だった。
が、白夜はそんなことに気を使ってる余裕はないようで、今にも崩れ落ちてしまいそうでさえある。

 「リヒトさん、申し訳ありませんでした……。本当に何て謝って良いかわからない。私は、この人が悪いことをしているのを止められなかった……悪い女です。陛下にも先程報告してまいりました。間もなく調査が始まるでしょう」

 「何で……お前なんだ……」

白夜は余程ショックが大きかったらしい。身じろぎもしないでいる。
ルビーはそのふっさりとした長い睫毛を伏せると、

 「白夜……叶わないと分かっていても、あなたを愛していたの。だからこそ、もう見ていられなかった。ティアさんに対する異常なまでの執着を止めなければと思ったの。……勿論、内密者……というよりは公の場だし、告発者ね。それがどうなるかは、分かってるわよ。Lightsの皆さんに対しても、何らかの贖罪をしなければならないしね」

そういうと彼女は、再び腰のポーチから何かを取りだした。
取り出されたものを見た瞬間、その場にいた多くのものは一瞬硬直した。
彼女が取りだしたのはAXが毒付与に使う毒瓶だった。
例えエインフェリアでも飲めば即死は免れない!

 「後は副マスターに任せてあるわ。……愛してました、マスター。……いいえ、私の全てだった白夜……」

そう言うだけ言うと、一呼吸置いたのちに彼女は毒瓶をあおった。
誰も止めることが出来なかった。
数瞬の後に彼女は事切れ、ふわりとその体が仰向けに倒れた。……長い数瞬だった。
白夜は理解しているのだろうか。相変わらず虚ろな表情で倒れた彼女を見つめている。

 「リザを!」

リヒトのこの一喝で、周りは我に返った。
あちこちからプリースト達が一目散に駆けつけ、詠唱を試みるが……。

 「マスター、だめです、うまくいきません!」

 「私もだめ、何度やってもいかないわ!」

 「青石はあるのか!?」

 「勿論あるわよ、でもだめだわ!」

ハイプリーストが音をあげたところで、リヒトもイグドラシルの葉を使って蘇生を試みたが……何故か失敗してしまった。

 「どういうことだ?死んだばっかりなのに失敗だなんて、どういうことだ!?」

周りが今まで以上に動揺し、騒いでる中で誰かが言った。

 「生き返るのを拒否しているの……?」

その瞬間、誰もがルビーの顔を見た。
彼女は成すべきことをした安らかな顔で眠っている。

 「ルビー……」

白夜は地に膝をつくと、そのまま動かなくなってしまった。同情した数人が、その前にルビーの遺体を持って行った。が、彼はルビーの遺体をただじっと見つめるだけで、何もしなかった。

騒ぎを聞きつけて氷月のメンバーが続々と駆けつけてきた。中にはルビーの遺骸に縋りついて大泣きするものもいた。しかし、それを見ても白夜は眉毛一つすら動かすことはなかった。
取りあえずその場は氷月の副マスターが非礼を詫び、後に話し合いをすることで決着がついた。短い話し合いの後、白夜とルビーはメンバーに引き取られていった。……白夜はもう、引きずられるに近い形だったが。

 








 「氷月のマスターがいなくなったァ!?」

それから数日ののち、白夜が忽然と姿を消したという噂が広まった。
国の調査の手が入り、氷月のギルドとしての格付けが大幅にランクダウンされ、ギルド攻城戦への無限出入り禁止が言い渡される直前だった。
噂はLightsの溜まり場に謝罪に来た氷月の副マスターによって、真相が明らかになった。
氷月の副マスターは、ルビーに件の薬の作り方を指導した者の一人、女のハイウィザードだった。

 「リヒトさん、本当に申し訳ありませんでした。誘拐の件も、ルビーの件も……。本当は私がルビーの代わりに行くべきでした。現にそう言ってました。でも薬を持ってるのは自分だから、気持ちは同じだからとあの娘が代わりに出向いてってくれたんです。あの娘の気持ちも、覚悟も知らないまま、忙しいからと任せてしまったのが最後でした……」

外野は耐え切れずすすり泣く者もいた。ティアも思わずルビーの最後を思い出して涙を零した。

 「思えばあの娘は氷月に入ってきたときから、まだ商人でしたが―――片時もマスターの側を離れることがありませんでした。冷血、残虐、鬼人、ありとあらゆる冷酷な言葉を投げられるマスターを陰で支えてきたのは、いつもあの娘でした。私は副マスターでありながら、どこかマスターとは距離をとっていて、最後の方なんて彼に理解を示すことなんて出来ませんでした。最後まで彼の気持ちを理解していたのも、あの娘でしょうね。だからこそ、人一倍悩んでのあの結果だったと思っています……」

まるで娘のことを語る母親のように、ハイウィザードは頭を垂れた。

 「白夜さんがいなくなったのはいつ頃で……?」

リヒトが核心に切り込むとハイウィザードは姿勢を正して、

 「ごめんなさい余計な話ばっかりで。マスターがいなくなったのは、ルビーが神々の元に還った翌日です。それ以来今まで2週間、誰も彼の姿を見ていません。マスターが溜まり場から消えて心配になった一部のものが、今でもテレパシーを送り続けていますが届いていないようです。ギルドは生きていますので、拒否されてるだけだと思いますが……」

 「そうなんですか……これから氷月はどうなるんでしょう」

一応元同盟先ともあって、それを気にする人は意外と多かった。

 「最早ギルドとしての存続価値はないでしょう。肥溜、隔離所としての氷月が解散されるとエインフェリアにはさぞ迷惑でしょうが、マスターも行方不明なことですし、それに脱走者が後を絶ちません。見切りをつけて、第二の氷月を作るという動きもあるそうです。それが次の隔離所になって良いんじゃないでしょうか」

この副マスターはよっぽど氷月という、汚いことなら何でもありだったギルドが嫌いだったのだろう。皮肉をふんだんに使って自ギルドをけちょんけちょんに貶している。
いや、彼女も最初は副マスターとして降臨していたに違いない。しかし、LuCeが消滅し、それに伴って白夜が暴走して氷月というギルドの価値が下がるにつれ、愛想を尽かしたのだろうと、昔のLuCeに勝るとも劣らない銀獅子こと、白夜と氷月を見てきたリヒトはぼんやりと考えていた。

 「そう言えば、あの時起こった枝テロ覚えてます?」

リヒトの横の誰かが副マスターに問いかける。

 「えぇ、結構大規模なテロでしたわね。我々も討伐に加わっておりました」

 「あれ、恐らく白夜がVIPの野郎共を焚き付けたんでしょうな。さすがにVIPでも、枝テロでかなり高価な血枝を使ったのは見たことがないし……」

副マスターは一瞬、目を丸くして息を呑んだが、

 「恐らく、そうでしょうね。ティアさんを誘拐しようとしたローグ……いまは第二の隔離ギルドにいるようですが、騒ぎが起こってる間に彼に全てを任せる寸法でいたのでしょうね。……ティアさん」

 「はいぃ!?」

突然名前を呼ばれ、ティアはびっくりして素っ頓狂な声をあげてしまった。周りがくすくすと笑っている。

「色々御迷惑をかけてしまって、本当にごめんなさい。貴方にもきっと理解できないでしょうし、それで良いんですけどマスターは狂っていたんです。止められなくて、ごめんなさい」

 「い、良いんです! おかげでフェイに会えたし……皆の元に、戻ってくることが出来たから!」

溜まり場の大勢のものがにぱっと明るく笑った。しょげていた氷月の副マスターも、それを見て憂うような笑顔を見せた。

氷月へのお咎めは話し合いの末、なしということになった。
流石にあのルビーの壮絶な最期をほぼ全員が見届けた後で、さらなる処罰を求めることをリヒトを含む幹部が嫌ったのである。今回の処罰は関わった者だけにして欲しいと懇願していたハイウィザードも、ほっと溜息をついた。彼女はもう白夜は戻ってこないだろうし、Lightsへの贖罪の意を含めて氷月を解散させるつもりであると語った。Lightsの大体のメンバーはそれで納得した。中には白夜を引きずり出せ! と息巻いてる血気盛んな者もいたが、うるさいと女子にぼこられてすっこんでいった。

 「もうすぐ、氷月はなくなるでしょうが何かありましたら私か、件のプロフェッサーを御呼びください。本当に、御迷惑をおかけしました」

氷月の副マスターが帰ろうと立ち上がった時、リヒトはあの、と声をかける。

 「白夜さんがどんなことをした人であろうとも、俺は……LuCeの一員として、Christal Moonのマスターであった白夜さんを……尊敬しています」

副マスターのハイウィザードはしばらく目をむいて固まっていたが、その眼から一筋の涙が零れ落ちた。
元LuCeのメンバーや氷月にいたメンバーの一部が暗い顔をして俯いた。見れば、氷月から移ってきた男ウィザードはマントに顔を押しあてて咽び泣いている。

 「有難うリヒトさん、セトが立派な商人としてやっていけるよう、どうか指導してやってください」

彼女はそう言うと丁寧にお辞儀をして去って行った。ティアが氷月の副マスターを見たのはこれが最後だった。
副マスターは氷月に残っていた最後の良心をかき集め、後にLightsの同盟ギルドの基盤となるギルドを立ち上げたのだが、それから間もなくして白夜同様行方不明になってしまった。

                     
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