〜Memories〜 24
「誰も……何も言葉を発しませんでした。ただ、何が起こったかはしっかりと分かっていました」
―――ギルドの崩壊。
ギルドはギルドマスターが神々から認証を得て作る組織だ。マスターが意図的にギルドを崩さない限り、ギルドがなくなることはない。
例外は、マスターが死ぬことだ。マスターが死ねば、全ては無に還るようになっている。
皆は、無意識のうちに例外が起こったことを悟っていた……。
「私が、指揮をとるわ……」
しばらくして、リーニャが立ち上がった。
「皆、ついてきてくれるわよね……」
虚ろな目ながらも、その場にいる者はリーニャへと視線を注ぐ。
「どっちにしろBAPは倒さなきゃいけないわ。この際、一次二次関係ないわ、パーティ作るわよ! グラリス、第二パーティの指揮とって、リヒトを含む補佐後衛は第三パーティに回って、ロッドに指揮を仰いで! ……さぁ立って! 総長の仇を取りたいと思わないの!?」
皆はまた、それぞれ重い腰を上げた。
「流石に30人を超えるパーティには、バフォメットもあそこにいた全ての敵も、敵いませんでした。あのときは主に高レベルの方々が挑んでいって、あっさりと沈めた記憶があります。私は後ろから一回、バフォメットに斬りかかりましたが、返り討ちにあってそのままことが終わるまで気絶していました」
思い出したのだろうか、何人かがため息をついた。
「ギルドが崩壊したあとって……どうなるの?」
ティアが恐る恐る聞くとリヒトは笑って、
「各々個人がギルドに所属していない状態に戻るだけです。同盟からはその名前がなくなります。大抵は後継ギルドが出来たりするのですが、そういうお話はありませんでした」
「総長が偉大すぎて、誰も後を継ごうとは思わなかったのよね」
うさみみハンターがぼそりと呟いた。
「なんつーか、本当にあの人がいなきゃ何もないんだなぁって、あの時実感したよ」
「後継ギルドは結局できなかったんですか?」
その問いに、ティアに視線が集まる。彼女はえっ、と一瞬身を引いた。
「それなんですよ総長!」
女ロードナイトが面白そうな顔をして掌を打った。
リヒトの方を見ると、心なしか照れたように笑っている。その笑顔に、ティアはあのときのフェイの笑顔を思い出した。
「ここ”Lights”が……”LuCe”の後継ギルドです」
周りをみると誰もが満足そうに微笑んでいた。
「えっ……、そういえば、後継ギルドのマスターさんって……」
リヒトはゆっくりと頷いた。
眼を見開いたままのティアに、リヒトはゆっくりと語りかけた。
「本当は私が務まる位置ではありません。重々に承知しております」
そう、あの方を、自分が殺したのだと……。
「……ヒト、……リヒト、リヒト! 大丈夫?……相当うなされてたわよ」
やや乱暴に身体を揺すられ、リヒトは石畳に横たわらせていた身体をゆっくりと起こした。嫌な汗をかいていた。
「リーニャさん……ありがとうです」
「しょうがないわ。こっちにきて、初めてよね。こんなこと……」
「リーニャさん……」
「それと、正式に決定したわ」
リーニャは顔をあげ、まっすぐにリヒトを見た。
「何がですか?」
やや語気の強いリーニャに、リヒトも少々たじろぐ。そこに、ある種の覚悟か、はたまた懺悔とも取れる感情を感じ取ったからかも知れなかった。
「後継ギルドよ。……誰も、作らないらしいの」
「!」
リヒトも慌てて居直った。
「リーニャさんもですか!?」
「えぇ……」
正直、リヒトはリーニャが次にその位置につくものだと思っていた。総長の片腕でもあり、彼女に一番近かったのがリーニャだったからだ。しかしその問いに彼女は悲しそうに首を振るだけだった。
「だって、見なさいよ……まだ3日も経ってないのに、もうここに来ない人達が結構いるじゃない。それだけ、皆ショックなのよ……。総長の代わりなんていない。私が後を継いだところで、その"LuCe"は別物になってしまう……」
あの出来事から二日間、幹部が話し合った末の結果だった。自分の居場所がなくなったことがただ、ただ悲しく、リヒトも項垂れた。二人の間に、しばらく重い沈黙が流れた。
「ごめんなさいね、付き合ってもらったのに、結局こういう形になっちゃって……」
「いいえ……」
「今から、あなたも自由の身だわ。新しいギルドを探したり、ソロするのもいいわね。でも、たまには此処にきて……また、皆とお話出来ると良いわね」
言いつつリーニャは涙ぐんだ。リヒトも沈痛な面持ちで眼を瞑った。
「転職のときは、呼んでね」
リーニャは別れ際に微笑んで、リヒトの頭を撫ぜてくれた。あの人には及ばないけれども、とても暖かくて優しい手だった。
彼女は別れ際、リヒトの姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振ってくれていた。それが、最後に見たリーニャの姿だった。
「その後は、しばらく各地を放浪していました。どこにいくあてなどもありませんでした。ただ行く先々のモンスターが憎くて憎くて仕方がなくて、それを狩ることに全てを費やしていたんです」
「皆同じやったんやな」
男のプロフェッサーがため息をついて言った。
「大半は氷月に流れたけど、やっぱり俺はショックでギルドに所属できなかったな」
そうティアの横で語った男スナイパー、彼こそあの時リヒトを抱えて走ったエドだった。
「そういう人も多かったね」
男プロフェッサーの横に座っていた女プロフェッサーが、彼の頭をよしよしと撫でた。
後に彼が語ったところによると、彼女がいなければ自分はここに戻ってこなかっただろうと言うことだった。彼もティアとの別れを経験した当事者、クロスだった。
「ただ憎いという感情に任せて、どんなモンスターであろうと容赦なく斬り捨てていました。つがい、親子連れ、集団……どれもこれも本当に憎くて仕方がありませんでした」
リヒトの一言に数人がうつむく。自分と重ねているのだろうか。
「ただ、あるときでした……」
「ミョルニール山脈の展望台を御存じですか?」
リヒトに尋ねられ、ティアは首を横に振る。まだ彼女はこの世界各地を回るような経験を積んでいなかった。
「すごく綺麗な場所ですよ! 今度連れてってあげましょう。眺めの良い展望台があって、デートスポットにも良いんですって」
後ろで女ハイプリーストが軽く笑って言った。
「あの時、丁度その周辺のモンスターを狩っていました。目指していたわけではないのですが、展望台のある場所に入り込んでしまいまして……。あの時も同じでした。一心不乱で、目の前にいるモンスターを片っ端から切り捨てていました」
「もう、ある意味DOPやな」
男ローグが茶化した風に言うが、リヒトは頷く。
「まさにその通りでした。クリーミーを展望台まで追い込んで、斬りつけて、頂上に着いたときようやっと一息をつきました。そして、初めてとてつもない虚無感に襲われたのです。自分はこれを避けるために今までこうしてきたのだと悟りました。気がつけば懐から、一つのクリップが落ちていました。
総長から貸していただいた……あのテレクリでした」
「ああああああああああああああああああっ」
リヒトは今にも気が狂いそうになるのを、必死にこらえていた。
押し寄せる罪悪感に、後悔に、悲愴に、心が握りつぶされそうになりがくりと膝をつく。
自分が……自分があの時ついていかなければ、
自分がこのテレクリを返していれば、
自分があの時、立ち止まらなかったら……!
自分があのときLuCeに入団しなければ
総長は死ななかったかもしれないのに……!!
のたうち回る彼の目の前に、またモンスターが現れた。
「あっちへいけぇッ……!」
勢いに任せてリヒトはそれを切り捨てた。みればまだ若いリスの子供だった。
「はぁっ、はぁ……」
しばらくして激情も収まり、リヒトはどさりと身体を横たえた。
気がつくと涙がぼろぼろと零れてきている。
「総長……」
謝っても、どんなに謝っても決して許されることのない罪を背負ったのだ。
多くの人から、大事なものを奪ってしまった。
あまりにも、大事なものを……
いつの間にかあたりに雲が立ち込めてきて、雨が大地を潤していた。
そのさなか、リヒトは激情の余韻に耐えていた。
自分なんかが、生きていても良いのだろうか。
いや、許されるのだろうか。
ふと握りしめていたテレクリを見やった。
それと重ねてティアの面影がふっと浮かんだ。
「総長……」
展望台にはさいわい屋根が付いている。キノコ型の面白い屋根だが、それが冷たい雨から彼を護ってくれる。
一時期どしゃぶりになっていた雨も、段々と雨脚が弱まっていった。
全ての感情を出し切ったリヒトに、じわじわと闇が忍び寄っていた。彼はまるで石のように動かず、じっと瞳を閉じて雨音を聞いていた。
「オレは……」
”お前は、強くなりたいのだな?”
どこからかそんな声が聞こえてきて、リヒトはハッと顔を上げた。
「総……長……?」
”もう、目の前で人が傷つくのを見たくない! ……こんな、こんな無力な存在でいたくないんだ!”
「あの時の……オレ……?」
雨はもう完全に止んだようだった。屋根の端から雫がポタポタと落ちてきている。
やがて雲の切れ間から太陽が顔を覗かせた。その光は空に冴え渡り、霞煙る神々の山に金色の光を降り注いだ。いくつもの暖かい光の線が、きらきらと彼の顔を照らしている。
黄昏時の鬱金の光に包まれたその時、リヒトはあの声を聞いたのだ。
”お前はいずれ強くなる、そしてその時は過去の自分を思い出すんだ。不安や恐怖で慄く人達をお前の手で、一人でも多く救ってくれ”
これは……。
幻聴だろうか、それとも精霊か何かの仕業か、はたまた自らの感傷が生み出したものだろうか。
だがリヒトは確かに黄昏の光の中に、ティアの声を聞いたのだ。
「総長、オレは……」
もはやティアの声は聞こえなかった。
だが、リヒトは覚えていた。
あれはティアが生前、何度も何度も聴かせていた言葉だった。
−そうだ……オレのこの力はこんな自分勝手なことをするために与えられたんじゃない−
「有り難う御座います……総長……」
リヒトはゆっくりと立ち上がると、金色に光る神々の山を背に、その場を去った。
「あの後しばらくして私は騎士に転職し、エンペリウムを手に入れてギルドを創設しました。―――"光"の名を継ぐ、このギルドを。最初は不安でした。きっと多くの方が私を軽蔑し、罵倒するだろうと、そう思っていました。勿論、そういう方もいました。嫌な一瞥をくれただけで、二度と目の前に現れるな。そう言った人もいました。でも、大半の方は……戻ってきてくれたんです」
へへへ、と隣でホワイトスミスが笑っている。
「結局はね、自分じゃあ出来ないという大役だから皆逃げ回ってただけで、本当は欲しかったのよ、ホームが」
「ホーム、ですか……」
「誰もリヒたんを責めることは出来ないよ……自分なんて、現場に行くことすら出来なかったんだから」
女チィサーが寂しそうに呟いた。
「でも、戻ってこれたことが……何より嬉しい」
彼女は俯いてぽろりと涙を零した。
悲しいからではない。その肩を抱いている男ハイプリースト同様、彼女も笑っていた。
見れば、溜まり場の皆が同じような、煌めく様な笑顔を宿していた。
「私には重すぎる荷です。勿論、マスターとしての資質は、総長に遠く及びません。それでも、このギルドをより良くしたい。前と同じくらい、国や人に貢献したい。そして、"不安や恐怖で慄く人達をこの手で、一人でも多く救いたい"。……総長……どうか、戻ってきてはくれませんか?」
リヒトは照れたような顔でティアをじっと見つめた。周りの皆も眼をきらきらさせてティアを覗き込んでいる。中にはリヒトをにやにやしながら眺めている一団もあるが―――。
その時、ティアの頬を暖かい雫が伝わっていった。周りの皆の表情が少し驚愕したものに変わる。
「私に……断る理由なんて、ないじゃない!」
そう言うと、ティアは思いっきりリヒトに抱きついた。
周りは待っていましたとばかりに歓声とブーイングと冷やかしに包まれ、我一番にティアに抱きつこうとしたメンバーの叫びでてんやわんやになっていた……。