〜Memories〜 23


 「……嘘だろ」

行く手には、先ほどの穏やかな様子からは想像できないほどの数のモンスターが蠢いている。
その中心に座するは、禍々しいまでの角を持つ山羊の悪魔の主、バフォメットだった……。

 『おやおや、何の獲物が引っかかったと思ったら……まさかLuCeの皆さんとはねぇ。何やら大分数が少ないみたいだけど』

そういうとバフォメットはくつくつと笑った。闇そのものが嗤っている様な、おぞましい笑い声だった。
リヒトは全身の毛穴という毛穴から冷や汗が出てくるのを感じていた。

 「謀りおったなバフォメット……」

ティアが吐き捨てるように言った。

 『謀る?これはゲームだよ』

バフォメットはにやりと笑う。

 「ゲームだと……!?」

リヒトは怒りのあまりバフォメットに食って掛かった。

 『おや、随分と活きの良い子がいたもんだねぇ。教えてあげよう。これはゲームだ。お前たちは生餌に食いついた獲物にすぎないんだよ』

 「くっ……!」

リヒトは負けじとバフォメットを睨み返す。

 『所詮この世は弱肉強食。より強いものがこのゲームを制すのさ。さぁ、そろそろ始めようかねぇ』

その時、ティアは声高に叫んだ。

 「皆、飛べ!」

救出した騎士、アスカも余分にハエの羽をもっていることは確認済みだ。ハエでも蝶でも良い。ともかくこの場から一旦離脱して、体勢を立て直さなくては。……が。

 「アカン、総長、羽が全部なくなっとる!」

 「なに!」

 「お、俺もだ……!」

 「ハエも、蝶もなくなってる!」

メンバー全員が何故かそれを失っていた。思わずティアがバフォメットを睨むと、彼は本当に嬉しそうにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

 『今頃気付いたのかい。案外LuCeの皆さんもおっちょこちょいのおまぬけなんだねぇ』

 「やりおったな……!」

まさか盗まれていただとは気付かなかった。悔しさからティアはぎりり、と歯ぎしりする。次に彼女は後ろのリーニャに振り返り、彼女にしか聞こえないテレパシーを送った。

 「……てくれ!」

 「総長! 何を……!」

 「いいから、やれよ!」


 『散れェ!』


バフォメットの一声で、入り口そばの広間を埋め尽くすほどのモンスター達は一斉にこちらに向かってきた。

 「ストームがスト!!」

 「ボウリングバッシュ!!」

 「ブリッツビート!!」

 「うわぁ俺多数には向いてないねん、こんちくしょう! ヘヴンズドライブ!!  ヘヴンズドライブ!!  ヘヴンズドライブ!!」

戦闘に手馴れた者達とはいえ、この状況は流石に多勢に無勢だった。最初は勢いの良かった状況も徐々に劣勢になり、特に支援のプリーストらは精神を保つので精いっぱいのようだ。

 「ベル!」

ふと眼をそらした隙に、無防備なベルへ凶刃が迫っていた。
あと僅かで彼の生命が危うかった、その時―――

 「スタンバッシュ!!」

リヒトがとっさの勢いで彼とモンスターとの間に割って入った。
彼が放った強撃でモンスターは気絶状態となり、その間にハンターが始末した。

 「ありがとうリヒト!」

リヒトは一瞬笑って見せたが、やはり状況は不利なままだった。
そうこうしてるうちにも仲間は段々と疲弊してくる。

 「うっ!」

飛び散った敵の鎧の破片が目をかすめ、リヒトがよろけたその時だった。

 「危ないリヒト!」

リヒトの前に女ウィザード、ユーリが庇い出た。
それから間もなくして鈍い衝撃波と共に生々しい音が響き、顔に暖かい液体が降りかかった。
次の瞬間、彼が見たものは彼をモンスターから庇い、地に崩れ行くユーリの後姿だった……。

 「ユーリさんっ!」

リヒトの目の前に現れたのは、漆黒の巨大な馬に跨る、闇の騎士だった。
彼を庇ったユーリは、自身以上の刃渡りを持つ刃の斬撃を直に受けてしまった。魔法使い達が持つ物理攻撃に対する耐性をもつ魔法のおかげか、四肢は辛うじて原型を保っているが、その一撃は彼女の命を奪うに十分すぎるほどの威力を持っていた……。

 「ユーリッッッ!」

 「ユーリィィィィィィィィィ!」

 「深淵様が!」

カイヤが我先にと駆けつけた。彼にも凶刃が振り下ろされるところへ、クロスが彼との間にファイアーウォール、名前の通り炎の壁を召喚した。

 「アンクル張るから、少し間を空けてくれ! そのうちにユーリさんを!」

炎の壁が消失した後はハンターが敵を足止めする罠を使い深淵の騎士を足止めするが、敵を一掃するウィザードが一人減ったことにより、状況はより一層不利になった……。

 「リザレクション頼めるか!」

 「ごめんなさい、まだ……!」

カイヤはユーリを抱えつつ応戦している。彼女の全身からは物凄い量の血が滴り、手遅れになればリザレクションも施せそうにない。だが支援組みにも、もう余裕がなかった……。

その時、ティアが一瞬リーニャに目配せした。
リーニャは首を横に振ったが、ティアはずっと顎でリーニャを指示している。
ふと、カイヤが二人の会話に気がついた。ティアと眼が合った彼は、力強く頷く。

 「皆総長に続けえぇぇぇぇぇぇぇっっ!」

ティアが先陣を切り、モンスターの群れに突っ込んだ。
突撃か、とバフォメットは構えた。

 「グランドクロス!!」

手前に押し寄せてきたモンスターを一掃した後、手薄なところにカイヤが突っ込む。

 「ボウリングバッシュ!!」

 「皆カイヤに続けぇっ!」

ここで初めてバフォメットはティアの真意を汲み取った。

 「おのれ小娘、そういうことか……。させるものか、行けぃ!」

 「おおっと残念だけど、私にも意地ってもんがあってね、プロボック!!」

カイヤとその一行に向けられた敵を、全てティアが惹きつけた。

 「皆そのまま入り口まで走れぇ!」

 「総長!」

リヒトが一瞬止まった。

 「止まるな、行け!……グランドクロス!!」

 「ヒール!!」

後ろを振り返りつつリーニャがティアを援護する。
未だ戸惑うリヒトをハンターがすくい上げた。

 「エドさん!」

 「何ぐずぐずしていやがる! 俺らが遅れれば遅れるほど、総長のリスクが高まるんだよ!」

 「でも!」

 「大丈夫だ、アンクル多少張ってきたし、総長ならインデュアでもしてきて、何とか追いついてくれるから!」

 「そういうことだ、早く……!?」

ティアがリヒト達に気を取られた瞬間だった。
ハンターは目を瞑ってリヒトを抱えたまま入り口まで全速力で走った。

 「総長オォォォォォォォォッッ!」

だが、リヒトは間違いなく見たのだ。

確かに先ほど片付けたはずの深淵の騎士が再び起き上がり、リヒト達に気を取られたティアの背後から、その両腕に致命的な痛手を与えたことを……







リヒトとエドが入り口に戻ると、丁度救出した騎士とパーティメンバーが再会したところであった。
先ほどのプリーストはもう形振り構わない様で騎士にしがみ付いて離れない。騎士も安堵の表情を浮かべ、彼女をしっかりと抱きしめている。
ふと隅の方を見やると、リーニャがユーリへとリザレクションを施しているところだった。さいわい間に合ったようで、カイヤも一息ついている。

 −総長、全員無事に出られました! 総長……!−

リヒトは悲痛な面持ちで叫んだ。
全員が同じ気持であることは、その場にいる者の顔色を伺えば一目瞭然だった……。

 





 「こりゃ参ったねぇ……」

微かに笑いながらティアは呟いた。
先ほどの深淵の騎士はグランドクロスで片付けられたが、もう彼女には他のモンスターを倒す余力は残っていなかった。

他のモンスターを押し分け、バフォメットがティアの前に進み出る。

 『やってくれたねぇ小娘……尊敬に値するよ』

 「フッ、まさかバフォ様に言われるとは恐縮なことこの上ないよ」

 『だが腕がその調子だと、もう逃げられもしないねぇ……』

片方の腕はどこかに吹き飛ばされ、もう片方の腕は繋がってることが不思議なくらいの損傷具合だった。
もう両腕を使うことも逃げ出すことも適わないが、ティアはバフォメットに向けてニッと笑ってみせる。

 「だが、十分だ」

これには流石のバフォメットも思わず目を見張ったらしい。再び闇を揺るがすような嗤い声が響き渡った。

 『面白い、面白いぞ小娘。こんなことは初めてだよ。せめて名を聞いてってやろう』

バフォメットが鎌をゆっくりと擡げた。

 「ティア=ルークス。知っての通りLuCeのマスターだ」

 『面白い……強きエインフェリアよ、我が歴史にしかと刻んでくれるわ……!』

バフォメットがその大鎌を構えたその時だった。
ティアは眼を瞑った。



 −お前らぁッ……!−



突如ギルドメンバーの耳にティアの声が響く。

 −総長……?−

 −総長、生きて……!?−

 −総長、今どこすか!?無事なんすか、今皆で向かいますから……ッッ!−


だが、彼らの悲痛な願いは、無残にも砕け散った。


 
−大好きだからな!−

 

次の瞬間、バフォメットが鎌を振り払い、ティアはゆっくりと地へ崩れ落ちた……

 






 「ッ……!?」

その瞬間、得体の知れない痛みがリヒトの体を貫いた。
身体的痛みとは違う、感覚という感覚が全て訴えてくるような、圧迫してくるような痛みである。
思わずしゃがみこむと、エドが背中をさすってくれた。が、彼も苦しいようで顔を歪めている。

 「おい、何があったんだ、今の……まさか!」

合流してきたモンクがリヒト達に駆け寄った。
後ろから先ほどの騎士達のパーティをどこかの街に送り届けていたベルもやってくる。彼らも相当青ざめた顔をしていた。

 「ギルドが……破壊された……?」

誰かがぼそりと、そう呟いた。







静寂が支配した闇の中、バフォメットが低い唸り声をあげた。

 「バフォメット様……!?」

彼に仕えるモンスターのメイド、アリスが心配して駆け寄る。と、その肩に得体の知れないものが刺さっていることに気が付いた。

 「これは……」

くっくっくとまた闇の権化が嗤った。

 『なるほど、ただじゃあ死なないってことだねぇ……』

見れば、バフォメットの肩に刺さっているのはクルセイダーに支給されるロザリオだった。

 『首を刎ねたときに飛んできたんだねぇ……本当に大した女子だよ』

バフォメットはロザリオを肩から引き抜くと、供を連れてまた奥へと下がっていった……


                     
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