〜Memories〜 22


 「やったぁ一番乗りー! つくね、ちょっと楽にしてて良いよ」

連れの鷹を自由に放した後、ハンターは入り口にどっこいしょと腰掛けた。
どうせ皆が揃うまでにまだ時間があるし、これからの激戦に備えて居眠りでもしちゃえ、と思ったその先。


 ………………ッ……う…………ッッ


 「あぇ?」

何か人の泣き声のようなものがして、不意にハンターはあたりを見回した。
しかしあたりに人影はいない。
気のせいか、とまた眼を閉じたとき、

 ……ッ…………アス……ッ……ッ…………ごめ…………

やはり嗚咽が聞こえるのだ。
しかも何やら声の主は懺悔をしているようだ。と、声の主は一人でないことが分かった。もう一人の声の主は泣いている人物を励ましているようだ。両方とも女性のようである。
悪趣味かなと思いつつも、ハンターは声の主を探った。狩人となって鍛えられた感性を研ぎ澄まし、声の方向を探ると、それはどうやら上から聞こえてくるらしい。
恐る恐る階段を上っていったハンターが眼にしたのは、あられもない姿に装備をぼろぼろにされ、嗚咽を漏らしている女プリーストと、彼女を慰めるように抱きかかえている女ウィザードだった。彼女の装備もまたぼろぼろになっている。
ハンターは見てはいけないようなものを見てしまった気分になりながらも、ただ事ではないことをすぐに察知した。

 「一体……何が!?」


 

今全く同じことをティアが聞き取っている。
プリーストのほうはもう喋られないくらい酷い精神錯乱状態に陥っているのだが、ウィザードが懸命に持ちこたえているらしく、彼女が全てを語った。

彼女達は騎士、ウィザード、プリーストの組み合わせでグラストヘイム古城内部ダンジョンに挑みにいったらしい。全員レベルは90台とのこと。
一時は順調に思えた狩りだが……

 「なんだって……!?」

ティアは全身が総毛立つのを感じた。見る見るうちに顔が険しくなる。苦虫を何匹も潰したような色に、メンバーの顔色も急降下した。

 「総長、まさか……」

 「バフォメットが……」


 

それは突如闇の中から現れ、真っ先にプリーストを襲った。
彼女を庇うために盾になった騎士を一人残して、二人は命からがら安全なここに逃げてきたのだ。

 「彼は逃げろといってくれてました……。でも、私たちが彼を裏切るような行為をしたことは覆せない……」

ついにウィザードの目から涙が滴り落ちた。

 「騎士さんが生きてる可能性もないことはない。……だが」

バフォメット自体はLuCeの討伐隊が揃えば倒すことも可能だった。
だが現時点でいるメンバーは討伐に熟練したメンバーではなく、なおかつバフォメットに挑むには不安なレベルだ。
ティアは下唇を噛んだ。

 −緊急集令をかける。グラストヘイム古城2F、バフォメット討伐及び被害者の救助! 今すぐ向かえるものは向かってくれ!−

 −了解。丁度臨時終わりかけです。すぐに向かいます−

 −んじゃブラックスミスのあたしが清算管理しとくわ。いってらっしゃい!−

 −うっわ鬼沸きしやがった……! こんなときに……!−

 −臨時メンバーは焦らず向かってくれ。他の面子はどうだ?−

 −アルデバランから向かってますが……やや時間がかかるもよう……−

 −伊豆ルード海底ダンジョンから帰還しましたー! 今すぐグラストヘイムに向かいます!−

 −月夜花終わったんだけど、オークヒーロー討伐の救助要請がきましたぁぁあ−

討伐隊のメンバーはなかなか揃いそうにない。ここグラストヘイム城は人間の住処からかなり離れた場所にあり、ここに来るのもワープポータルなどの魔法がなければかなりの時間を要する。仮に騎士が生きているとすれば、長引けば長引くほど危険な状態になるのは言うまでもない。

 「だめだ……すぐには集まりそうにない……」

沈痛な面持ちでティアが呟いた。周りのメンバーもつられて顔色を落した、その時。ティアの肩のエンブレムを見たのか、今までずっと嗚咽を漏らしていたプリーストがティアに駆け寄った。

 「LuCeの皆さん……! お願い、どうか……、どうか彼を……アスカを助けてください! 私、私……!」

そういうと再びプリーストは地に崩れた。余りにも哀れな姿である。
リーニャが持っていたマントをそっと掛けた。余りにも救いがなさすぎるその姿に、メンバーが俯き眼をそらした。だが、彼女は違っていた。

 「大切な……人なんだな」

 「総長!」

見れば、ティアの眼はある種の覚悟の光を凛と放っていた。彼女は尚も凛とした声色で、

 「取り合えず私一人だけでも現地に向かおうと思う。皆はここで待機していてくれ」

 「嫌ですよ! 総長だけを行かせるなんて!」

装備を整えて突貫しようとするティアに真っ先に食いついたのは、リヒトだった。驚くティアを尻目に、他のメンバーも着々と準備を進めている。

 「お前ら……」

 「抜け駆けは嫌っすよ〜、総長」

 「そうですよ。それに騎士さん見つけても、総長一人じゃ救出できないでしょ?」

 「BAPみかけたら全員即飛びで良いんじゃないっすか?」

ノリの良いのセージ、クロスがニッと笑い、それにプリーストのベルが続く。澄ました顔で止めを刺したのは騎士カイヤだった。

 「しかしリヒトは……」

 「オレにだって何か出来るかも知れないじゃないですか! ……後ろでこっそりプロボックとか」

狼狽するティアとは正反対に、リヒトは食いついて離れない。正直、グラストヘイム城本体の内部は、とてもではないがリヒトのレベルには見合わないダンジョンであった。強敵が多く、下手をすれば即死もあり得るかもしれない。それでも、彼の勢いに気圧されたのか、

 「仕方ない、ほれ」

そういってぽん、とティアがリヒトに渡したのは一つのクリップだった。

 「テレクリだ、使い方分かるな?」

テレポートが使える特殊仕様のクリップだ。

 「何かのために持ってきたが、それを使え。私はハエ使うから」

 「あ、有難うございます。総長……」

ティアもそれがある安心感からか、彼を連れていくことを決めたのだった。

 「よし、行くぞ! 気合入れてけよ皆! バフォきたらすぐ飛ぶぞ、気ぃ抜くなよ!」

ティアを先陣として、このとき救出隊が結成された。
ワープゾーンに消えていく仲間を追って、リヒトも続いた。

 「ありがとう……ありがとう……」

そのときリヒトの耳に、後ろから微かにプリーストが呟いてるのが聞こえた。







 「入り口は異常ないな。ゆっくり進むぞ、無理するなよ」

一同は古城内部に潜入したが、あたりは異常なまでに静まり返っている。
妙な臭いが鼻を突く。陽のあたらないかびた臭いと瘴気……そして微かに漂ってくる血の匂い。

 「どうだ?やっぱり表で待ってるか?」

リヒトの表情が強張ったのを見て、ティアが尋ねた。が、頑固にリヒトは首を横に振る。
ティアは笑いながらリヒトの頭をぽんぽん、と撫ぜた。



ティアを先頭として入り組んだ古城2Fを隈なく探求する。
時折モンスターが襲ってきたが、そこは戦闘に手馴れた者たちが次々と沈めていく。ただ見ていることしか出来ないリヒトは歯がゆくて仕方がなかった。

 「……まずったな……」

しばらくして、ティアがぼやいた。

 「……総長もそう思いますか」

カイヤも表情を曇らせる。

 「ここってこんなにモンスター少なくないよな」

 「騎士さんが無事だと良いんだけど……」

しばらくして大広間に出たが、そこでもやはりモンスターは殆ど見られなかった。さすがの異常事態に、ティアが単独偵察を申し出た。どこかでモンハウが出来ているのかもしれない。その先に件の騎士がいないと良いのだが。

 「ちょっとすこーし先を見てくる。皆はここで待機しててくれ」

 「了解っす」

全員待機を命じられ、落ち着かないながらもその場に待機しているときだった。


カサッ


リヒトの後ろのほうで何か物音が聞こえたような気がした。
ふっと振り返るリヒトに騎士カイヤが尋ねる。

 「何かきたか!」

 「いえ、何か……物音がしたような」

念のためカイヤが辺りを探ってみるが、特に変わった様子はない。

 「気のせいか……と思うんだが」

 「リヒト、お前緊張しすぎて幻聴聞こえてるんとちゃう?」


カサッ


クロスにまでおちょくられたが、しかし気のせいではない。確かにリヒトには聞こえている。

 「こっちから、音が……」

 「おい、リヒト!」

 「カイヤさんはそこにいてください! オレは何かあったらテレポしますから……!」

ここにきてリヒトも単独偵察に入った。ティアがいたら怒られただろうか。そんな事を考えながらリヒトは恐る恐る前に進み出た。どうやらモンスターはいないらしい。そのまま通路を壁伝いに進んでいく。
いつ何が飛び出してくるか分からない緊張の中、震える足を叱咤して一歩一歩慎重に進んでいた、その緊張がピークに達したその時だった。


ガタッ


ふと、真横で音がした。
ぎょっとして飛び退くと、通路の隅っこに見慣れないものがある。

 「……!」

背筋に冷たいものが走る。鉄の匂いがつんと鼻腔を抜けて行く。
慌てて剣を構えるも、それは良く見てみればどうやら人間のようである。
件の騎士だろうか。血まみれでボロボロの状態で横たわっているが、辛うじて息はあるらしい。意識は半ばないらしいのだが、己が剣に掴まって必死に立ち上がろうとしている。

 「騎士さん……!」

リヒトはそっと呼びかけた。

 「LuCeの討伐隊です。動けますか?」

 「LuCe……!?」

騎士が半ば焦点を失いかけた眼でリヒトを見返した。
安心したのか、がくりと平衡を失いかけた彼の腕をリヒトは手に取った。

 「すまない……、恩に着る」

 「プリさんとウィザードさんが入り口で待ってますよ。さ、行きましょう」

そういってリヒトは騎士の肩を持った。
STRを上げておいてよかったと、このときほど思ったことはない。

 −総長ーーー!−

ティアやメンバーに向かってリヒトは叫んだ。

 −騎士さんを見つけました、一旦撤退しましょう!−

 −よくやった! 私も今すぐそっちに戻る!−

息も絶え絶えだった騎士も、プリースト達のヒールによって歩けるところまでは回復した。ボロボロになった装備から、バフォメットとの激闘が伺われる。

 「バフォメットはメンバー皆が揃ってからにしよう。まずは撤退だ!」

来た路を戻り、入り口でメンバーと合流することになった。
手柄を立てた嬉しさから、リヒトは先陣を切って跳ねている。

 「りーひーと、危ないから真ん中の方にいなさいよ」

それを微笑ましく見守るメンバーたちの眼が、入り口に来て一瞬にして変わった。


                     
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