〜Memories〜 20

彼がこの地に召喚されたのは、冬も近い秋のことだった。
彼はエインフェリアだったが、他のエインフェリアと関わることなくモンスターを狩り続けていた。そういう嗜好だったのだろう。こういうエインフェリアは大概ソロとか、無敵のソロ軍団と呼ばれている。彼もまたその一人だった。
彼は己がエインフェリアの生業を剣士と定め、住処を定めるでもなく流浪していた。


ある日、彼はルーンミッドガッツ地方最北の地、ルティエを訪れた。
モンスターを狩る目的できたのだが、彼はそこに小さな教会を見つけた。

 「こんな街外れに、教会……?この辺はハティーも出るような危険地帯なのに……」

彼はそっと建物に近寄ってみた。中からは複数の子供のはしゃぐ声が聞こえる。

 「……!?」

間違いなく廃墟ではない。しかし、何故このような危ない地域にこんなにも沢山の子供が……?

 「だーれだ、そこの怪しい奴」

不意に後ろから声をかけられて、背中に電撃が走る。彼が素早く剣を抜き構えると、後ろにいたのは一人の男シーフだった。

 「おいおい怪しい上に攻撃的なのかよ勘弁してくれよ。なんやハティーから逃げてきたのか?それとも盗人か?ここには目ぼしいものなんか何もないぞ」

シーフは困った様に笑いながら、両手をひらひらとさせた。敵意などさらさらないということなのだろう。対する彼も構えていた剣を鞘に納め、非礼を詫びた。
シーフはあっけらかんと笑い、教会の扉を開けた。

 「にーちゃああああああああん!」

 「にーちゃんおかえりおかえりー!」

 「にーちゃんお土産はー?」

その途端、教会の中から出てきた子供たちにシーフは囲まれる。子供は十人もいるだろうか。本当に一体ここは……。

 「今日のお土産はなー、スティックキャンディとな、ほら! レイピアや! あーだめだめ触ったらアカン、俺が刃を使えないようにしたら貸してやるわ。それと、お客さんや」

シーフは笑顔のまま剣士のほうに振り返る。予想外のことに彼はきょとんとした様子だ。

 「なんもねえけど、あったけー飲みモンくらい用意したるよ。俺はロイ、よろしくな」

 「ありがとう。……俺はリヒトだ」


教会の中は子供たちの玩具で溢れかえっていた。様々なぬいぐるみもあれば、剣のような玩具もいくつかある。
リヒトは通されて、暖まったミルクを出された。

 「すまんな、これくらいしかなくて」

 「いや、助かるよ。先ほどは不躾だった、すまない」

 「あー、気にせんでええよ。あんた玩具工場へ向かうんかい」

 「そのつもりさ」

 「で、こんな危ないとこにガキ共がこんなにいるもんだから、気になってきた訳か」

 「そんなところだな」

 「ここはな、孤児院なんだ」

リヒトはロイの方をハッと振り返った。眼に鬼気迫る勢いがある。予想以上の反応にロイは少々たじろ気味だ。

 「それもルーンミッドガッツじゃない、シュバルツバルトの方から流れてきた奴ばっかりや。あっちの国は、金銭的に豊かになることばかりに夢中で、貧しい奴らなんかには眼もくれへんからな。この子達はまぁ、色んな理由で親を亡くして彷徨っているところを助けられた奴らなんや」

 「キミが助けたのかい?」

ロイは声も高らかに笑う。

 「まさか!俺も実はあんたと同じで、興味本位でここを訪れただけだったんや。最初はな。こいつらを助けたのはバルド神父っていうオッサンだ。俺も大分世話になった。……けど、去年の冬、まぁこの地方は年中冬みたいなもんだけどよ、あいつらをハティーから護るために、死んじまった」

リヒトは神妙な面持ちでロイを見つめた。何故わざわざこの危ないハティーの縄張りに、と彼が考えていると、そこしか場所がなかったのさ、とロイが皮肉気に笑った。

 「バルド神父はエインフェリアじゃねぇし、こいつらだって普通の人間だ。俺が駆けつけたときには、もう、遅かった……」

 「そうか……」

リヒトは視線を落とした。その彼の表情に気がついてか、

 「あぁすまんすまん辛気臭くしちまってな。それで、まぁ俺がこいつらの育児を引き継いでるってわけよ!」

 「お前一人でか?」

 「あぁそうさ。勿論経営は厳しいけど、近くに玩具工場もあるし、さいわいシーフなんで少々金稼ぎは楽さぁ」

 「……」

明るくしようと笑っているロイに対し、リヒトは急に厳しい目つきになった。ロイも少々眉をひそめた。

 「なんや、俺の後ろに誰かおるんか」

リヒトはロイをじっと見据えたままだ。

 「あのレイピアは、買ったものなのか」

 「まぁな、収集品がはずんでね」

 「レイピアはシーフも使える。値札をつけたまま渡す店主はいないと思うのだが」

ロイの顔も知らないうちに険しくなっている。

 「何が言いたいんや……」

 「お前の能力は、そんな事をするために与えられたんじゃない。やめるんだ」

ロイは前のめりになっていた姿勢を元に戻し、小さな溜息をついた。

 「てっきりお縄頂戴されるかと思えば」

 「同情の余地があるからな」

フッとリヒトは笑った。ロイも肩の力を抜く。

 「でもな、やっぱり見逃して欲しいわ。俺一人じゃ……きついねん」

不意にロイが俯いた。

 「俺だって良いことと悪いことの区別くらい出切る。でもそうせんとな……、所詮この世に必要なのはやっぱり金やから……」

 「見逃すわけにもいくまい」

決意を込めた響きに、ロイはバッと顔を上げた。彼らしくない、哀愁の表情が浮かんでいる。彼が口を開こうとしたその時、リヒトが不敵な笑顔を見せた。

 「俺もいるからな」






 「自分はそれから、その孤児院の経営、もといロイを支えるようになりました。原因は分かりません。でも、大勢の子供たちと、そしてその子供たちの為に本当の盗人になってしまっていた彼を見過ごすことが、どうしても出来ませんでした。子供たちとも次第に馴染み、それから大分経ったあるとき……」






 「前にきたときから4ヶ月経っちまってるな……。あいつまた盗人に戻ってないだろうか?というか生きてるだろうな……」

 「お生憎さま、お縄はごめんなんでね」

急に現われた姿の見えない声の主にリヒトはうろたえた。

 「ここだって、ここ」

声のした方を仰げば、2階の窓から声の主が身を乗り出してリヒトを見下ろしている。

 「悪趣味な……」

 「それだけが取り柄なんでね」

ロイはさも愉快そうにけらけら笑った。

 「入ってこいよ」

 「あぁ」



 「うっは、緑ハーブこんなに貰ってもええんか!?」

 「あぁ、俺には必要ないしな。料理にでも使ってくれ」

 「助かるわ〜。りんごもこんなに……! 腐ってしまうわ」

 「雪にでも埋めとけ」

途端、それまでリヒトから貰った物資に囲まれ、楽しそうに話していたロイがふと視線を落とした。

 「なんか、いつも有難うな。俺らから何も出来へんけど……」

 「気にするな、俺は自分にとって不要なものを寄付してるだけだ。それに、見返りを求めるなら、最初からこんなことしていない」

ロイは再び顔を上げ、まじまじとリヒトを見つめた。

 「なんでお前みたいな奴に彼女できないんやろな」

 「 放 っ て お け 」 

二人にまた笑顔が戻った。そのの豪快な笑い声を聞いてか、子供たちも居間にやってきた。

 「あ! リヒトのお兄ちゃんだ!」

 「リヒト兄ちゃん久しぶりー!」

 「兄ちゃん今日は何して遊ぶん?」

あっという間にリヒトを囲んで彼をもみくちゃにしている子供達をロイは引っぺがした。

 「こらこらおまいら、ちゃんと洗濯やったんか?」

子供たちは一斉にロイを見て、首を縦に振って頷く。

 「まぁ、じゃあ仕方ねぇ。外にでも行って遊んでろ。俺はまだちょっと話すことがあるから、もうちょっとしたら行くわ。ハティーとサスカッチには十分気をつけるんやで〜」

子供たちは一斉にワーッと外へ駆け出て行った。
環境は必ずしも良くないはずなのに、どの子の笑顔もキラキラと光っていて眩しい。

 「大丈夫なのか?」

 「まぁな。遊べる範囲もそんなに広くないし、サスカッチやハティーは移動速度もそんなに速くない。あいつらはエインフェリアでないが、木偶の棒でもない。年長の奴らにはハティーやサスカッチの避け方も教えている。そのうちサスカッチくらいなら何とか撃退出来る様にさせたいもんだ」

 「そうか……余裕が出来たら、簡単な防具でも仕入れてくる」

 「いや、流石にそれは無理やろ!?」

 「Sなしメントルを数着買う余裕くらいあるさ」

 「……ありがとな」

それから二人は、また軽い世間話などをしていた。
その時だった。

 「うわあああああああああああああああああああああ!」

 「サスカッチか!?」

表から聞こえてきた子供たちの悲鳴に、ロイは脱兎のごとく駆け出した。

 「パッドーーーーーーーー! ミズナーーー! ルキーーーーー!」

「にいたあああああああああん!」

ロイが名前を呼ぶと、年少の子供たちがこっちに向かって走ってきた。

 「何があった、他の奴らは……!?」

子供たちが走ってきた方角を見てロイは愕然とした。

 「きやがったのか……ハティー!」

彼が睨む先に佇むは、巨大な狼の影と、そしてその側にちらつく。二つの人影。

 「ヒヨリ!カズマ!戻って来い!」

どうやら年長の子供たちがハティーの注意を惹きつつ逃げてきているようだ。
ロイは雪玉を手に取ると、それをハティーに向かって投げた。
シーフのスキル、石投げだ。彼らが投げるものは彼らの能力に関係なく、必ず対象にヒットする。ロイが投げた雪球も例外に漏れることなくハティーに命中した。
ハティーはじろりと彼を睨むと、こちらに向かって前進してきた。その途端、凍えるようなというには生ぬるいほどの寒気が二人を襲った。

 「リ、リヒト……」

震えを隠し切れない声でロイはリヒトに話しかけた。

 「こいつらを……屋内まで入れてやってくれ」

 「お前は……!?お前はどうするんだ!」

 「馬鹿言え、俺だって一人前のシーフだ。ハティーぐれぇならちゃんと捲ける。あいつは足遅いしな。それより、早く行ってくれ! お前もしばらくは中から出るなよ!」

リヒトはロイから子供たちを預かると、無我夢中で彼らを引っ張って教会に逃げ込んだ。
途中年長の子供たちと合流し、教会の中へ皆が入ったのを見届けるとリヒトは踵を返して駆け出した。


――見捨てられるわけないだろっ


先ほどの場所に戻ってみたが、既に双方の姿はない。
声を出してロイを探したいところだが、そうすればハティーに感づかれる。
リヒトは慎重に辺りを見渡した。

 「……ッ!」

とある木の根元がうっすらと赤く染まっている。飛びつくようにリヒトはそこの雪をどけた。

 「ロイ……」

見紛うことのない、真っ白な髪のシーフ……。彼に間違いなかった。
慌ててリヒトは彼を抱きかかえる。と、あっという間に自分の手が真っ赤に染まった。
見れば、ロイはハティーの攻撃を直に受けてしまったらしく、背中から臀部にかけてまで大きく切り裂かれていた。血は止まることなく周りを紅色に染め、降り止むことのないルティエの雪が、彼から体温を奪っていく。

 「ロイ……!」

リヒトはやや乱暴にロイを揺さぶった。その時、わずかに彼の手が動いた。

 「ロイ!」

 「リ……ヒ…………ト……」

 「お前、馬鹿だろ! 何が一人前のシーフだ……、ハティーに敵うわけないだろ!」

ロイがうっすらと眼を開けた。
彼は残された力で首を動かし、その空色の綺麗な瞳を彼に向けた。

 「あぁ……、馬鹿だったよ……ハエ持ってると思ったらさ……、持ってなかったん……や」

 「ばっ……、何やってんだよお前……!」

呆れ怒るリヒトと対照的に、ロイは微笑んだ。とても、穏やかな笑みだった。

 「あいつらは……無事か?」

 「子供たちか?あぁ、ちゃんと教会に連れてったぞ、皆無事だぞ」

 「そうか……良かっ……」

ロイは肩で大きく息をして眼を瞑った。その顔に安堵が広がっていく。

 「だから、だからお前もちゃんと無事に戻らなきゃダメじゃないか……!」

 「リヒト……」

ロイは再び眼を開けて、まっすぐにリヒトを見た。

 「あいつら……の、こと……頼む。こんな、図々しい、こと…………、頼める口じゃ……ない、分かっ……てる……」

 「あぁ、あぁ、分かってる分かってるさ、任せておけよ。だから……」

 「良かった。……これで、天国の……おっちゃんに、……良い顔……見せられるな……」

ロイは一句一句確かめるように言うとまた微笑んだ。
死に間際に微笑んで逝けることは、しあわせなことに違いない。

 「リヒト……」

ロイはそこでまた大きく息をついた。

 「有難うな……。来世でも、……仲良くしてやって……くれ……な……」

 「ロイ、何馬鹿いってやがる……! おい!?ロイ……!?」

不意に、ロイの首から力が抜けた。
彼の口元は微笑んだままだったが……その眼は二度と開こうとしなかった。
未だぽたりぽたりと垂れる血が、彼が生きていたことの名残だった。

 「ロイ……」

リヒトは微動だにせずしばらくロイの顔を見つめていた。
目の前で起こった現実を受け入れることが出来きず、彼はしばらく静寂の中にいた……。
その時だった。

 「おーーーーーーっしゃ! ハティーGET!」

 「今日もDS強かったねぇ」

 「何言ってんの、やっぱりWIIIIIIIIIIIIZ様のユピテルのが強いっしょ」

遠くから誰かの会話が聞こえてくる。内容から察するに、エインフェリアのパーティが近くに来たのだろう。
普通ならこの時点で鬱陶しく、またはかなり苛苛するものだが、今のリヒトにそこまでの余裕はなかった。
彼は今そこにいながら、遥か遠くでその会話を聞いていた。

 「それにしてもうちらがFAじゃなかっただなんて……他に誰が?」

 「……この爪を良く見てみろ。誰か襲われているぞ」

 「えっ……!?ちょ、おま、それピンチやん!」

 「探そう、誰かいるのかーーーーー!」

 「ハティーに襲われた奴ーーーー!、いたら返事してくれええええええ!」

そこでリヒトの意識が次第にこちらに戻り始めた。
そういえば聞いたことがある。ハティー等の主から一般市民や、まだ弱いエインフェリアを護るための組織があると……。そう、彼らは確かギルドと呼ばれる単位で動き、主を倒すときは討伐隊となって徒党を組むことを……。

 「……てくれ……」

リヒトは震えを抑えることが出来なかった。
凍えているからではない。抑えがたい衝動が彼を突き動かしている。

 「助けてくれーーーーッッ!」

いつの間にか涙が溢れ出ていた。
それは極寒の中でも凍ることなく、熱い雫となって彼の頬を伝わっていく。

 「ダチを……、オレのダチを助けてくれーーーーーッッッッ!」







そこでリヒトは一息をついた。
ティアは眼を丸くしたまま、心配そうに、

 「そ、それで……ロイさんは……」

と尋ねた。リヒトは微笑んで、

 「ロイは、助かりました。あの時、私たちを助けてくださったのがLuCeの討伐隊だったのです」

 「えっ」

 「その時、指揮を執っていたのが……前世のあなたでした」






 「向こうから声が聞こえたぞ!」

 「どこだああああああ! どこにいるーーーー!」

 「ここだ、早くきてくれーーーーー!」

 「おっけ待ってろよ、すぐ行くから!」

ほどなくして討伐隊がリヒトとロイの元へ駆けつけた。指揮を執っていたクルセイダーはロイを一目みるとすぐにプリーストを促した。

 「リーにゃ、これまだいける?」

 「……えぇ、大丈夫ですわ、すぐにリザレクションを!」

リザレクションとはプリーストに与えられた代表格の魔法である。
エインフェリアの肉体がそれほど酷くない状態であらば、魂が神々の元に帰る前に体を蘇生させる事が出来る。ロイにもすぐにリザレクションが施された。
白い光が、彼の胸元に置かれたブルージェムストーンを通して彼を包んでゆく。その光はハティーによって傷つけられた体を癒し、やがてロイが薄らと眼を開けた……。






−良かったなぁ、間に合って−


 「あの時、上から微笑んでくださった”LuCe”の方々を忘れることは出来ません。その時に一番印象に残ったのが、あなたの笑顔でした」

 「総長に惚れ込んじゃったんだっすよなー」

ティアの側にいたウィザードが茶化すと、リヒトは困ったような顔をした。明らかに赤くなっている。
ティアも何故だか赤面した。

 「……うるさい。確かに、”LuCe”に入団したのも、前総長の存在があったからでした。ロイも一緒に入団を勧めたのですが、彼はそれを断ってソロを続けました。でも彼も彼なりにとても恩義は感じていました。助けられたことは勿論、孤児院の処遇も―――孤児院はその後、トップクラスで国に影響力を持つ”LuCe”が掛け合ってくださって、施設としても認められ、場所も安全な所に移転し、バルド神父の後継者も決まったのです。それにも、とても感謝していました」

 「それじゃあ、ロイさんとは離れ離れに……?」

 「いえ、ロイとは今もうまくやってますよ。ただ……。いいえ、なんでもありません……」

そこで数名がリヒトの顔色を伺うように目配せした。

 「それから……」

リヒトは再び顔をあげ、自分が”LuCe”に入ってから経験した様々なことを語りだした。

 「私はそれまで、"仲間"というものの必要性を感じたことがありませんでした」





 「それじゃあ今日はGD行こうか〜」

 「DOP狩りにいきます?」

 「いや2Fの魔剣にしようかなー。それと、先日入ってくれたばっかりのリヒトにも色々な経験させたいしね。DOPはまだちょっとLvが高いかな」

リヒトが”LuCe”に入団してから、彼はずっとティアの腰巾着の様にくっついて離れることがなかった。ティアもそんな彼を気に入っていて、何かにつけては面倒を見てくれてるのだった。
時には共に鼓舞し、怒られ、慰められ、そしてその大きな手で頭をわしゃわしゃとされて褒められる。
どれも、彼は一人で生きてく上で必要ないと切り捨てていた。
ティアだけではない。彼を気遣い、思いやる仲間たち。そして、それに応えていくリヒト。
いつの間にか、不必要だったはずのものが、当たり前になっていた。
リヒトは口にこそ出さなかったが、今自分が置かれてる環境の周りのもの、全てが大好きだった。自分を受け入れてくれる仲間という存在が、こんなに大きな喜びになるとは思わなかった。
リヒトはここに来てから、人間として大きく成長していた。


そんな彼の姿を微笑んで眺めていた人物がいたことに、彼は気付いていただろうか。

−オレを……オレを仲間に入れてください……!−

−大事な人を護りたい、強くなりたい……!−

彼女は彼に言わなかったけれども、本当は食いついてきたこの新米の一次職の剣士にとても期待していた。
彼は知らなかったけれども、彼女はあの日以来、自分に懐いてくれているこの少年をまるで自分の弟のように想っていた。

そのことに、彼は気がついていただろうか……。





 「”LuCe”に入ってからは、本当に幸せでした。私はまだ剣士で一番の下っ端でしたが、みなさんも良くしてくれました。たった1ヶ月でしたが……今までの私の人生の中で、一番充実していた1ヶ月でした」

 「それに総長の顔を毎日拝めたもんな〜」

先ほどのウィザードがまた茶化した。
数人は笑いを隠しきれず、くすくすと笑っている。

 「っしつこい! 確かに、総長の御側にいられる事、そして仲間と共にいられる事が最大の幸福でした。でも総長に惚れていたと言っても、周りには同じように総長を敬愛し、熱狂する方だって沢山いたのです。私なんか相手にされるはずもありませんでした」

 「でも何故かリヒたんは総長のお気に入りだったのよねぇ」

そう口を挟んだのは先ほど先頭に立って悪漢達からティアを護ろうとしたハンターである。

 「そういえばそうだったな。何かにつけて構って貰ってたっすよな〜」

後ろにいたセージも便乗する。

 「それはオ……私がギルド内唯一の一次職だったからでしょう」

 「そうだったのかなぁ……?結局総長未婚のままだったし、連れが出来たって話も一切聞かなかったしなぁ」

 「猛烈なアプローチはかかってたみたいだけどねぇ」

 「アプローチが?」

ティアがそう尋ねると、リヒトはやや顔を曇らせる。

 「前世のあなた、ティア総長は大規模ギルドの総括として手腕を振るう他に、容姿端麗という大勢の男を狂わすに申し分ないものを持っていたのです」

知らぬうちにティアは赤面した。

 「LuCeは同盟を3つほど持っていましたが、そのうちの一つ、”Christal Moon”通称氷月のマスターからのアプローチは一番でした」

 「氷月って……さっきの!」

ティアは眼を丸くする。

 「悪く思わんでくれな、総長。あのマスターも大分人が変わってしまった……」

後ろの男ウィザードが目線を落としがちに呟いた。
あとでわかったのだが、彼は氷月から移ってきた人の一人だった。

 「まぁその話は後にしましょう。私がLuCeに入団して、丁度1ヶ月の頃でした……」

数人がさっと顔を曇らせた。

 「まさかあの日、あんなことになるなんて……」


                     
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