〜Memories〜 19
「こ、こんにちわ……?」
「おい、これが本当にあのティアなのか……?」
ローグは訝しげにティアを見やりながら、しかしねっとりと視線を絡ませてくる。いかにもチンピラといった悦に入っている彼にティアが脅えていると、チェイサーがそれを窘めた。
「ばっか、転生後だ、何があってもおかしくなやろ。あぁすんませんティアさん。ちょっとあなたにお会いしたいという方がいるんですけど、よろしいですかな?」
「は、……はぁ」
「そんなおどおどしてねぇで、さっさとこっちきやがれってんだ」
「ばかたれ、脅かしてるのはお前や! あぁ、その前にティアさん。あなたにはギルドに入ってもらわなきゃいけませんね」
「ギルド……ですか?」
ギルドとはエインフェリアが神々より認証を受けて作った組合だ。パーティの拡張のようなギルドもあれば、国から直々に主達の討伐を頼まれるようなギルドもある。どこのギルドにも所属していないエインフェリアに対する勧誘は日々行われているが、しかしなんだっていきなりティアが見知らぬ人のギルドに入らなければならないのだろう。
「ごめんなさい、私それもちょっと……」
当たり前だが気が進まないティアをよそに、チェイサーはにやっと笑う。
「残念だがあなたに拒否権はないんですよ」
「え……!?」
「そういうこった、早くしろ!行きたくねぇんなら俺が担いでってやるぜ」
ローグがずいっと前に出て手を構えた。その剣幕にティアも一歩後ずさり、逃げようとしたその時、
「あんたら何してんのよ!」
「ん……?」
見ればうさ耳をつけた一人のハンターがこちらに向かってやってくる。
彼女はティアとローグ達との中間距離に立ち、心なしかティアを庇うように構えた。
「何してるも何も、ギルドの勧誘さ」
「そんなギルドの勧誘があるかボケ! 勧誘は原則入る側に自由があるんだよ!」
「ほなこれは例外といったところやな……」
「嘘こけ!」
「うだうだうっせえんだよハンターごときが」
「あんただってたかがローグのくせに!」
ハンターが一蹴すると、ローグが威嚇するかのように一歩前へ進んだ。ハンターも負けじとその場に踏ん張り彼を睨み返す。
「喧嘩なら受けて立つで。……ん?そのエンブレム、まさか……!」
チェイサーはハンターが肩に付けているエンブレムを見て、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「へっ、まさか”Lights”の一員たぁ驚いた。マスター不在の落ちこぼれギルドじゃねぇか」
ローグが彼の表情を代弁する。その口調には侮蔑の色がありありと出ていた。
ハンターは怒りと屈辱に震え、顔を真っ赤にして反撃する。
「なんですって!」
「丁度いいぜ喧嘩買ったるよ、ただし……」
―――「これを見てもまだ言えたらですけどね」
うさ耳ハンターとローグが衝突しようとしたその瞬間、ハンターの後ろからロードナイト――騎士の上位職と、数名の仲間が現れた。
「マスター!」
「氷月の方ですね。ここはお引取りください。ことを荒立てるのは好きではありません」
「くっ……!」
思わず構え出たローグをチェイサーが止めた。
「分かりました。ここはどう考えても我々が不利。大人しく退きましょう……」
そういうや否や、彼らはハイディングで姿を消し、どこかへと去っていった。ふぅ、とうさ耳ハンターが大きくため息をつき、周りにも安堵の空気が流れた。
一部始終のやり取りを見ていただろう外野の人が親指を立てて彼らを労いながら去っていく。ティアもお礼を言うべくうさ耳ハンターとその集団に駆け寄った。
「あ、あの、助けてくださって有難う御座います」
「いいんだ、そ……じゃなかったアコさん。ああいう柄の悪いのからはテレポで速攻逃げるのが吉さね」
ティアは自分を助けてくれた一同に対してお礼を言った。後ろではセージがくすぐったそうに彼女にアドバイスを投げかける。
「でも、本当に無事でよかった。あいつら、今じゃ一番評判悪いギルドだからね」
「ボス妨害、MPK、詐欺ノーマナー当たり前に幼女誘拐か……こりゃ救えないねぇ」
と、外野が事が落ち着いてわいわいと盛り上がってるところで、一番後ろにいたロードナイトが静かに歩を進めた。それに気付いた外野は喋るのをやめ、彼に注目した。海を割って進んだモーセのごとく、衆人が彼のために道をあけた。
彼はティアの数歩前まで来て一礼した。
「初めまして。ギルド、Lightsのマスターを努めさせて頂いてます、リヒトと申します」
彼は顔を上げると、兜を脱いだ。
陽に揺れる、栗色の髪と、穏やかな青年の笑み。――だがティアは戦慄を抑えることが出来なかった。
「フェイ――……?」
今目の前に居る青年は格好こそ違うものの、凛と透き通るような声は彼に間違いなかった。整形後の彼だ。
ティアにとって初めての仲間。喜びも悲しみも、痛みも温もりも、全て一緒に感じてきた、忘れられないその人。ここで、再会するなんて―――。
「憶えていてくださったんですね」
「忘れられる訳ないじゃない、初めての仲間だったんだから……!」
フェイ、もといリヒトが嬉しそうに眼を細めるとティアは俯いて下唇を噛み締めた。リヒトの顔を見ることなど出来なかった。
「でもあなたは、私の目の前から去ってしまった。二度も……」
リヒトは哀しそうな眼をしてティアを見つめている。
「だって……だって私は邪魔者だったんだもの! あなたには帰りを待ってくれてる人が、こんなにも、こんなにもいたじゃない! 私は違うもの! ……私を待ってくれてる人なんていなかったし、フェイが帰ったら……私は只のお邪魔虫じゃない……」
ティアはそこで堪え切れなくなったらしい。涙が次々と頬を伝わって落ちていく。
リヒトは少し前へ出て、彼女の頬にそっと手を添えた。
「あなたは知らないだけなんだ。私を含む、どれだけ多くの人があなたに逢いたいと願いながらも、それを叶えられずにいられなかったかを……」
ティアはふと顔を上げ、周りを見回した。
皆こちらを見て満足そうに笑っている。中には泣き出しそうな顔をしているものさえいた。
リヒトの顔を見上げると、彼もやや潤んだ瞳でティアを見返していた。
「御逢いしたかったです…………マスター、いえ、ティア総長……!」
リヒトがそう言った瞬間、後ろに控えていたメンバーが一気にティアに向かって走り出した!
「ますたあああああああああああああああああ!」
「そうちょーーーーーー!」
「総長だ、総長だーーーーーっっ!」
その場にいたメンバーのほぼ全員に飛びつかれ、ティアはもう尋常じゃなくなっている。彼女が押し倒されなかったのはメンバーがほぼ全方位から飛びついてきたからだった。よくよく見ると彼らはもうボロ泣き状態で、中には『ごめんなさい』を連呼している者もいる。
何が起こったのか把握出来るはずもなく、ティアは只目を白黒させるしかなかった。
「ほれほれ、おまいら総長困ってるじゃまいか。ここで立ち話ってのも怪しすぎるし、たまり場のほうに移動しようぜ」
目尻の涙をぐいっと拭って、男アサシンが笑顔で北の方向へ親指を向けた。
彼の提案で一同がやってきたのは、プロンテラを大分北に進んだプロンテラ城前の広場である。
「ここがうちのギルドのたまり場でさぁ。みんな狩りしてないときは大抵ここにいるね」
周りのメンバーはよっこいせと思い思いの場所に座り始めた。ティアも招かれて座った。未だに彼女に抱きついて離れないメンバーもいる。
「何からお話すれば良いのか、ちょっと分からないんですけど……」
メンバー皆が座ったのを確認し、リヒトは話を切り出した。
「私の前世と、関係あるの?」
「ええ、そうです。前世はご存知で?」
「DOPから……聞いたわ」
周りがざわざわとどよめく。リヒトもハッと目を見張った。
「私の前世はギルド”LuCe”のマスター、そしてバフォメットに討たれたのね」
リヒトは沈痛そうな顔をして、只頷いた。誰も異を唱える者はなかった。
「私も、一時期LuCeに所属しておりました。古くから総長、ティアさんを支えていたメンバーではありません。ですが……」
私が入団する相当前から”LuCe”は大規模ギルドとしてその名を轟かせていました。
名うての戦略家であったマスターと彼女を支える幹部、しかし何より人々が惹かれたのは、訳隔てなくメンバー全てを尊重し大事に想ってくれたあなたの人柄でした。
ギルド攻城戦が始まると、LuCeの名は確固たるものとなりました。LuCeが攻めて落ちない砦はないと謳われたほどです。多くのギルドが妬み、そして尊敬していました。
「そうですね、まずは私が入団した経緯をお話しましょうか……」
リヒトは一息つくと、その瞳をティアに向けた。そこには、確かにきらきらとした愛情が光っていた。