〜Memories〜 15
どのくらいここに隠れていただろう。
さいわいティアがテレポートで逃げた先にはモンスターがいなかったので、彼女は建物の隅っこに隠れている。クルセイダーの彼は、無事だろうか。自身の身の安全の不安もそうだが、バラバラになった仲間のことも思われる。特に、己を盾にして仲間を護った、彼は―――。
近くで馬のような鳴き声が聞こえた気がした。びくっと身体がはね返る。ティアはぎゅっと目をつむって、少しでも身を縮ませようと建物の壁に身を寄せた。しかし不思議なダンジョンだ。地下3階なのに建物があるなんて。彼女はうまく隠れたつもりでいたが、しかし、それでも見つける敵は見つけるものだ。
さいわいティアがテレポートで逃げた先にはモンスターがいなかったので、彼女は建物の隅っこに隠れている。クルセイダーの彼は、無事だろうか。自身の身の安全の不安もそうだが、バラバラになった仲間のことも思われる。特に、己を盾にして仲間を護った、彼は―――。
近くで馬のような鳴き声が聞こえた気がした。びくっと身体がはね返る。ティアはぎゅっと目をつむって、少しでも身を縮ませようと建物の壁に身を寄せた。しかし不思議なダンジョンだ。地下3階なのに建物があるなんて。彼女はうまく隠れたつもりでいたが、しかし、それでも見つける敵は見つけるものだ。
「きゃあっ」
ナイトメアの一匹が彼女を見つけて攻撃をしてきた。思念体のはずなのに、その物理干渉は凄まじいものがあり、下手すれば数発で致命傷になりかねない。ティアも一生懸命逃げ回り、テレポートをしようとした、その矢先。
身体の中心から、ドンという鈍い衝撃がきたような気がした。酷い眩暈がする。身体の核が抜けて行ったような、そんな感覚だ。それが精神力を吸われたことに気がついたのは、足元がふらつき、逃げることもあたわず背後にナイトメアの殺気を感じた時だった。
先ほどの衝撃とは別物の衝撃がティアの全身に伝わる。彼女はその背を硬い蹄で蹴られ、ごろごろと地を這った。凄まじい激痛に眼から涙が流れ、死への恐怖から全身が芯からガクガクと震え出した。しかしいくら歯をガチガチと鳴らそうにも、痛みと眩暈のせいで起き上がれる気配がない。彼女は必死になって神に祈り、精神力を回復しようとした。せめて、テレポートさえ出来れば……!
その時、ゆらりと空気が流れる気配がした。生ぬるい風が通り過ぎて行ったような感覚に、ティアも思わずその目を見張った。
何が起こったのか、ナイトメアは一声嘶いて遠ざかって行った。ティアもその蹄の音が遠ざかっていくのを感じ、ほっと安堵した。どうやら周辺には他のモンスターがいないようで、その場は再び静寂に包まれた。
「あ……」
ボロボロながらもようやく起き上がる気力も出た頃、彼女はそこに人影を発見した。
いつの間にきたのだろうか、そこには剣士がいた。年頃は同じくらいだろうか。金髪の切れ長の容姿といった好青年だが、どことなく生気に欠けていた。ティアを据えるような目で見つめる彼の瞳に感情はなく、この暗いダンジョンの中でも分かるほど紅い瞳の冷たさに、思わず彼女も内心身をすくませた。
だが彼女は気づいたのだ。剣士が肩に傷を負っているということに。右肩のケープが血で真っ赤に染まっている。怪我を負いながらよくその重そうな長剣を持っていられるなと彼女は感心したが、それどころではない。彼の剣もまた、血糊で赤く染まっていた。モンスターの血だろうか。少なくともティアはそう思ったのだ。
ティアは足腰を叱咤すると、彼の傷を癒すために立ち上がった。
「助けてくださってありがとうございます。……血が! 大丈夫ですか!?今、ヒールを……!?」
しかし彼女の放ったヒールは彼に届かない。精霊の力を借りた癒しの光がかき消されていく。彼にはまったく効果がないようだ。
「え……!?」
『愚か者めが……。私を癒すことの出来るエインフェリアは、心が闇に染まったものだけだ』
その時、初めて彼は声を発した。どこか闇の彼方から響いてくるような、虚ろにぽっかりとあいた穴に吸い込まれそうな声に、ティアも思わず引き気味になった。
その時、初めて彼は声を発した。どこか闇の彼方から響いてくるような、虚ろにぽっかりとあいた穴に吸い込まれそうな声に、ティアも思わず引き気味になった。
「あ、あなたは……!?」
『御初目に掛かる、修道士のエインフェリアよ。我こそはゲフェニアの主……ドッペルゲンガーだ』
途端、ティアの目が点になった。困惑で頭がはち切れそうになっていたティアも、その一言でショートしたらしい。彼女は悲鳴を上げることすら出来ず、その場にへたり込みそうになった。
ボス、主と呼ばれる類のモンスターがいかに強いかは否応なく思い知らされてきた。その前に自分一人の力など無に等しいことだった。抵抗したところで、あっさり首を刎ねられるのがオチだ。今更テレポートをしようにも、彼から発せられるオーラに気圧されて、全身がそれを拒むようにカタカタと震えて詠唱も出来ない。彼はそんな様子のティアを嘲笑うかのように眺め、ゆっくりと一歩を踏み出した。
『見たところ一次職のアコライトの様だな。だが、この場を荒らす者を見過ごす訳にもいくまい。フッ……私を癒そうなどと考えた愚かなエインフェリア。せめて名だけは聞いてやろう』
頭が真っ白になったティアを嗤いながら彼は剣を構え直そうとした。その時初めて彼の瞳に何か感情らしきものが現われた。アコライトで生を終える彼女に対する、憐憫か。
「ティ……、ティア=ルークスです」
この極限の状態にあって、正直者なティアは素直に名前を答えてしまった。
その名前を聞いた瞬間、DOPの動きが一瞬止まり、その眼がカッと見開かれた。
『ティア……ティアだと!?そんな馬鹿な、あの方が……馬鹿な!』
DOPは急に声を荒げた。剣を放り投げるとティアの両手首をガッと掴み、彼女は建物の壁に押し付けられてしまった。
「ッ……!?」
ティアは恐ろしさのあまり身動きが出来ない。
彼は固まった彼女の手首をつかんだまま、その瞳をじっと見つめている。眉間にしわを寄せ、何やら困惑している様な表情だ。
『本当に貴様は、あのティアなのか?』
「あの……」
ティアは恐る恐る口を開いた。恐ろしさで口がからからに乾いていたが、それよりも彼女の好奇心を刺激するものがあったのだ。
「もしかしてあなたは、前世の私を……知ってるのですか?」

二人の間に、張り詰めた様な静寂が訪れる。
ティアは背筋に冷や汗が伝わるのを感じながらも、DOPが口を開くのをただじっと待っていた。
『知ってるも何も……。それにティアといえば私だけでなく、エインフェリアにも結構名の知れた存在だ』
やがて彼はティアを離し、落ちている剣を拾い鞘に収めた。どうやらしばらくは無事でいられるらしい。
「え……!?」
『ティア=ルークス。お前の前世はクルセイダー、そしてこの国でも屈指のギルドだった、LuCeのギルドマスターだ』
DOPはティアを見据え、凛として言い放つ。そこには先ほどのような、侵入者をねめつけ、蹂躙するボスモンスターの姿はなかった。あまりのことに愕然として、ティアは一言も喋ることが出来なかった。彼は更に続ける。
『LuCeはこの国屈指の強者の集まりだ。国王から直々に我らのようなボスモンスターの討伐命令が下る。……貴様も私を倒しに来たことがあるのだ』
そこでDOPは憎憎しげにティアを一瞥した。
『だが……』