〜Memories〜 13

 「マスター不在でもう2ヶ月になるのか……」

 「今日の攻城戦は……」

 「また不参加になるだろうな。そろそろどこのギルドも感づいているようだが、マスターがいないなどとハッキリ知らせるのは分が悪い。第一に、マスターがいなければ砦が取得できたとしても、上手く機能してくれるかどうか……」

プロンテラの一角に男たちが口数も少なく佇んでいた。場の空気は最悪と言っていい程湿っている。

攻城戦とは来るべきラグナロクに備えてエインフェリアを訓練しようと言う国家の戦略であり、ギルド単位で砦の取得をかけ模擬戦闘を行う。制限時間の最後に砦を取得したギルドが次の攻城戦までそこを支配し、他では受けられない恩恵も受けられる。何より砦を取得することは容易でないため、それが出来たギルドは強者の証でもあった。

そうか、と呟き男が顔を落したところへ、どやどやと足音が響いてくる。

 「ただいまー!」

 「あ、お帰りなさい」

場の空気はそれでいくらか明るくなったようだが、この湿っぽい空気を完全に拭うことは出来なかった。

 「今日のバフォからは何か収穫あったかい?」

 「MVPだけ。やっぱりマスターいないと華がないというか、リーダー格がないわねぇ」

 「まぁ、俺の阿修羅があれば十分だがや!」

 「こら! ……でもこれだけ長い間、マスターは本当にどこに……」

 「ギルドは存続している。本人は生きているんだ。……だけどよ、ギルド機能が殆ど死んでやがる。攻城戦にも出られない有様だ」

 「そろそろ内部でも焦りが出始めて、末端の方は寝返ってる始末だ……」

 「くっそ……、このままあいつらの好き勝手にさせてたまるかよ!」

ドン、と拳を壁に叩きつける男を見やり、プリーストはしばし考えた後に口を開いた。

 「そうよね……。そうだ、ちょっと話があるんだけど、良い?」









それからしばらく経った、ある日のこと。ティアとフェイ二人でフェイヨン洞窟の地下三階にいたときのことだった。

 −はろ〜−

 「……!」

突然頭の中に響いてきた声にびっくりして、ティアは反射的に体を痙攣させた。

 −ティアちゃん?元気?私よ〜−

この前二人を助けてくれたプリースト、エリシアからテレパシーが届いたのだ。実はこれが彼女が初めて他人から受け取ったテレパシーであった。フェイは急に様子の変わったティアを見て心配げに様子を伺っている。

 −はい、ティアです、こんにちわ−

 −ごめんね、ちょっと話したいことがあるんだけど。今どこ?−

 −フェイヨン3階です−

 −あー、ムナたんと戯れてるのね。それじゃこっちからフェイヨンにいくけど……時間大丈夫?−

 −はい、すぐに洞窟前に戻りますね−

この前の恩人との久々の再会に胸が弾んだが、同時に何か嫌な予感がティアの周りをうろついて離れなかった。
話とは一体何の話だろうか……。
一言も喋らなくなった彼女をフェイは心配そうに見ている。
 
やがてフェイヨン洞窟前の坂を上って、エリシアが姿を現した。後ろには連れだろうか、複数の人が控えている。だが誰もかれもが、何やら腹に一物を抱えていそうなことは、口元に笑みを浮かべていても時折ティアやフェイに向けられる刺すような眼差しから伺われる。ティアは敏感にそれを察知し、少し怯えていた。

 「やっほ〜、ティアちゃんお元気ー!?」

エリシアは相変らず明るい人である。彼女のおかげで、ティアもいくらか救われた気持ちになった。

 「はい、こんにちわ。お久しぶりです」

 「フェイ君も元気そうで……。ちょっとお話があるから、場所移しても良い?出来れば人目につきたくないのよ」

 「なーに、そんな不安そうな顔しなくてもとって食おうって訳じゃねえから。何ならオレが」

 そこでエリシアから茶化したチャンピオンに向かって光の速さで裏拳が飛んだ。

 「それじゃあこちらへ」

エリシアに導かれるままに二人は移動していった。

 「あねごー、兄貴どうするんすかー?」

 「そのままにしといて頂戴」

伸びてるチャンピオンを置いて。









洞窟の広場から少し離れ、誰もいないところへ一同は腰を下ろした。念のためハンターが鷹に周りを見張らせている。

 「さて、お話というのが……。私がいるから分かるかもしれないけど、フェイ君のことなのよね」

ティアの心臓が一瞬どきりと止まった。
いつかは訪れるだろうと、半ば期待してた日が……。

 「フェイの身元が分かったんですか……?」

 「身元も何も……結論から言わせて貰うと、彼は私たちのメンバーよ」

ティアとフェイ、二人の顔が同時に強張った。フェイの顔には驚愕と、そしてやや歓喜の色が出ていただろう。だが、ティアの顔からは強い不安の色が読み取れた。

 「でも……!」

 「何でこの前顔を見て分からなかったって、今そのからくりが分かるわ」

と、エリシアは後ろを振り返って、

 「ホワイトさん、あれあるよね?」

 「フフフ、まかせなさーい」

エリシアの奥から現れたクリエイター……アルケミストの上位職は手に怪しげな薬が入った瓶を持っている。見るからに気色の悪い色をしていて、絶対に口にはしたくないような感じだ。だがこれはいかにも、なフラグである。

 「私の科学の結晶と、ギルド屈指のHiWIIIIIIIIIZ様、教授様の指示による調合薬よん。さぁ……飲め!」

そういうや否や、クリエイターは瓶の蓋を開け、勢いに任せてフェイの口に突っ込んだ!
いきなりのことに彼はパニック状態に陥っている!
躊躇う隙も与えないとは流石転生上位職である。

 「ちょっと!?」

あまりの惨劇に止めに入ろうとしたティアを後ろからハイウィザードが止めた。
青白い顔をしたティアを彼女は優しく諭すように語りかける。

 「総長、大丈夫ですよ……ほら」

まずい、もう一杯ならぬ不味さを誇る薬らしかったが、フェイは無事に全部飲み終えたようだ。何という忍耐力であろう。感嘆に称する。
ティアが力を抜いたのを知って、ハイウィザードも彼の方に寄って行った。

次の瞬間、フェイは苦痛に顔を歪めて臥せった。

 「フェイ!」

やはりあれは毒劇物だったか!
顔色が急降下したティアをしり目に、フェイは数秒のうちに立ち直り、再び顔を上げた。

 「―――――!」

なんということだろう。その顔はもはや別人になっていた。先ほどまでの幼顔はどこへいったか、目の前にいるのは青年と呼ぶにふさわしい凛々しい騎士である。

 「みん……な?」

今まで声を発することのなかったフェイが、口を開いた。
今度は空穂ではない、研ぎ澄まされた鋼のように、凛とした響きを伴って。

その瞬間、周りにいた人々がわっとフェイに飛びついた。

 「ますたああああああああああああああああああ!」

 「やっぱり変なもん飲まされてたんすなー」

 「あんなんじゃ分かりようもないわね」

歓声が上がる中、ティアはその集団をぼんやりと眺めていた。
久々の再会に、皆が皆しあわせそうな顔をしている。フェイを囲んで。
フェイ……あぁ、何てしあわせそうな顔をしているんだろう。今の彼の笑顔は、今まで見た中で一番輝いている。もしかしてあれは、泣いているんじゃないだろうか。
やっと、自分を取り戻したんだもんね……やっと、やっと帰って来られたんだもんね……。
今まで何があったのかその事情は分からないが、フェイが還るべき場所に収まったのは、はっきりと分かった。その場において彼女は完全な部外者であり、誰一人として彼女を見る者はなかった。一人取り残された感じがして、ティアは辛く感じていた。

 
 ……ここは、私がいるべき場所じゃない……


 「ん……?総ちょ……」

ハイウィザードが振り返ると、既にティアの姿はそこにはなかった。



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