〜Memories〜 12
やがて瘴気の元となるモンスターが二人の眼前に姿を現した。先ほどの子山羊の姿をしたモンスターの何倍もあろうかという大きさの山羊の悪魔だった。手にはフェイの背丈ほどの長さの凶悪な鎌を携え、脇には先ほどの子山羊の悪魔を数匹引き連れている。
『倅を可愛がってくれたようだねぇ、人間共。わざわざこんな浅部まで出かけてきた甲斐があったよ』
悪魔は大地を踏みしめるように一歩一歩、二人へと近づいていく。
フェイはティアを庇いながら必死に後ずさった。
『フフフ、無駄なことを……!』
悪魔がフェイに向かって鎌を振り降ろした。
「フェイ―!」
フェイはその鎌を剣で受け止めるも、衝撃で吹っ飛ばされてしまった。彼が地面に叩きつけられた鈍い衝撃が、ティアにも伝わってくる。
『クックック、さぁ、足掻いてみろ人間共!臆してる暇などないわ!』
フェイは起き上がるとすぐに剣を取り、悪魔に向かっていった。
彼は悪魔が振り下ろしてくる鎌を何とか避けているが、時折鋭い衝撃派に襲われ、既に身体にはいくつもの傷が出来ている。しかしそれでも臆することなく悪魔に向かっていく。
『……貴様、ただの騎士ではないな。もっと高い魂の鍛錬を感じる。そして我を見るその眼。面白い、この我に盾突こうというのか……。だが、それもこれで終わりにしてくれよう』
− 地獄の業火よ、我が呼び名に応えよ……! −
悪魔が詠唱を開始すると、フェイの足元に不気味な光を放つ魔方陣が浮かび上がった。
「フェイ……!」
彼に駆け寄ったティアを突き飛ばした瞬間、彼は劫火に呑まれて見えなくなってしまった……。
「フェイ―――!」
思わずティアは空を切るような悲鳴を上げた。彼を助けたいのに、脚ががくがくとして前へ進むことが出来ない。
後ろでは悪魔がくつくつと、地の底を揺るがすような低い声で笑っていた。
焔が引いた後、ティアが眼の前にしたのは……。
「いやあああああああああああああああああっっ!」
無残なフェイの姿だった。
消し炭一歩手前と行ったところで辛うじて人の形は保っているが、息を引き取ったのだろうか。微動だにしない。
「フェイ……!
フェイ!」
ティアは涙をぼろぼろと零しながらもヒールを掛けてみるが、一向に癒える気配はない……。
『ククク……焦らずともお前も一緒に逝かせてやるよ』
悪魔が彼女に向けて、その血に染まった鎌をゆっくりと擡げた。
ティアはその瞬間、キッと一瞥を向けた。その気迫に、悪魔が一瞬躊躇った気がした。
『お前は!?……いや、気の所為か。あやつは、あやつは我がこの手で……。まぁそのようなことなど、どうでも良い。お前もこの男の元に送ってやろう。……死ね!』
―――「死ぬのはお前だバフォメット!」
悪魔の腕が振り下ろされようとしたその時、銀に輝く矢が飛んできて鎌を擡げているその肩を穿った。悪魔は低い呻き声を出して、その方向を睨んだ。
ティアが振り返ると、そこには武装をした数名の冒険者たちがいた―――
「こんな浅部にいるなんて、探す手間が省けたわ」
『おのれ、ハンターごときが……!』
「そう言うのは私達を倒してからにしなさい!
―――ブリッツビート!!」
彼女の側に控えている鷹が子山羊の悪魔を巻き込んで攻撃していく。
反撃に出た悪魔を迎え撃つは銀の鎧に身を包んだ青年―――。
「おっとぉ、流石にこれは俺の出番〜」
悪魔の鎌を彼の持つ大きな盾が食い止める。
「流石にパラディンなんでな、簡単に落ちるわけにゃあいかねぇのよ」
『小ざかしいわぁっ……!』
再び悪魔が詠唱を開始した。先ほどよりも大きな魔法陣が、不気味な光を伴ってハンターとパラディンの周りに蠢いた。
「アスムプティオ!!」
しかしその詠唱が終わる前に、後ろに控えてた複数のハイプリースト――プリーストの更なる上位職の魔法が二人を包む。魔法は二人を焔から護り、受けたダメージを軽減しているようだ。ハンターはともかく、パラディンはまだまだいけそうだ。ハンターの傷もプリーストのヒールによってすぐに癒されていく。
「そんじゃ私もいっちょ出て行くわさ。ヴァーミリオン対決といこうじゃないの」
「姉さんもそろそろ出てきてマグヌス撃ってー!」
「サンク敷くよ、上手く入ってね!」
ティアの後ろからぞろぞろと要職が悪魔に向かっていく。
そんなさなか、一人のプリーストがフェイの元に駆けつけてきてくれた。
「あの……!」
「二人でよく頑張っていたわね、彼は――……!
彼……、まだ生きてる!?」
「!?」
「そんな、バフォメットのヴァーミリオンを喰らってよく……じゃなかった、ヒール!」
彼女の治癒でフェイの傷はみるみるうちに癒えていく。焦げていたはずの皮膚が生気を取り戻し、ふわりとした柔らかい黒色の髪が彼の額を撫でる。そして彼の瞼がかすかに動いた時、ティアは気付いたのだ。まだ彼が息をしていることに―――
「フェイ!」
「よっしゃそろそろやな!」
「アニキー、しめてーな!」
「よし、いくぜ!
喰らえバフォメット、神罰の代行人の一撃!」
− 阿 修 羅 覇 王 拳 ! ! −
悪魔と戦っている方でものすごい衝撃がした。余りに強力な技故に大地が揺れるなか、ティアはバフォメットと呼ばれた山羊の悪魔が、ゆっくりと沈んでいくのを見た。そして、それから出てきたオーブが、何故か忌々しげに自分をみているのも……。
最初は臆したティアだったが、負けじとまた睨み返した。オーブはその瞬間、光の粒となって消えていった……。
「よっしゃー、MVPゲットだぜ!」
「悔しいいいいいいい!
今度こそ私のマグヌスが上回ったと思ったのに!」
「まぁそろそろ帰ろーで。用は済んだんだしよ〜」
「プリさん方ポタよろしゅうー」
はーい、と返事をしてティアの側のプリーストも立ち上がった。
「あの、本当に有難うございました……!」
「お礼を言われる筋合いなんてないのよ。あなた方がいたのもたまたまだったし、彼の生命力がとんでもないだけなんだから。それにしてもいっぱしの騎士さんが……VIT型ペコベリット装備なのかしら……?それとも反射……?まさかタオ……?」
そのときふとフェイが眼を醒ました。ティアはわっと彼に泣きつく。
彼の衣装は大分ボロボロになってしまったが、金属に守られたか残っている生地もあり、さいわい全裸になるようなことはなかった。
「あらあら、本当に良かったわねぇ」
ティアは彼に簡単な事情を説明する。フェイもプリーストに深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、彼話せないんです」
ずっと黙ったままのフェイに替わり、ティアが事情を説明する。
「あら……!
一体どうして?」
「分かりません。ただ、フェイは記憶もなくしてるんです。多分それと関係してるんじゃないかなぁって。この名前は私が勝手に考えて……」
「それは難儀ね」
「あねごおおおおおおおおお!?まだかーーーーー???」
うるさーい、と一喝してから、先に行ってなさい!
とプリーストは叫ぶ。
「知り合いとかは見つかったの?」
「いいえ、一ヶ月くらい探し回ってみたんですけれども……誰もフェイを知らないと言うんです」
「そっかぁ〜。私にも出来ることがあったらしとくわ。情報収集しかできないけどね」
「有難うございます!」
「さて、私はプロに帰るけど一緒に帰る?」
「はいっ、本当に有難う御座いました!
……あ、私、ティアといいます。ティア=ルークスです」
「ティア……!」
ティアを見やるプリーストの眼に、さっと驚嘆の色が過ぎった。
「あぁ、ごめんなさい。私はエリシアよ」
が、それも一瞬のことですぐに彼女は我に帰った。
「それじゃあ帰りましょっか」
二人はプロンテラでエリシアと別れ、またどこかへと去っていった。
「それにしても……」
二人を見送りながら、エリシアは呟いた。
(まさかあの人が、……ねぇ)
「まぁいっか」
「あねごおおおおおおお!
清算するからはよ来てーー!」
「わかったわかった、ごめんってば!」
エリシアもしぶしぶという感じで、人ごみの中に消えていった―――