〜Memories〜 11
それからしばらくして、二人はプロンテラに戻ってきた。
石造りの堅固な城壁、賑わいを見せる町並みと多くの人が行きかう広場。そして、北に佇むは荘厳なプロンテラ城。
魔法での移動は一瞬だったが、徒歩だとこの街に戻ってくるまで半月近くもかかってしまっていた。この魔法を使いこなすことの出来る職は移動費をものともしないらしい。羨ましい話だ。
フェイはこの街にも見覚えがないようで、不安そうにあたりをきょろきょろと見回している。見回しすぎて不審者じゃないかとさえ思うくらいだ。
しかし、その視線は時折止まり、彼の瞳は寂しそうにどこかを見ていた。ティアはその度に彼に何があったのかを尋ねるが、彼は悲しそうに項垂れて首を横に振るだけだった。
やがて、その視線がどこに向いているのか彼女にも理解できた。彼は楽しそうに会話をしているカップルやパーティ、ギルドの集会を見てはその視線を送っていたのだ。無論向こうは気付くはずもないのだけれども。
しかしこれだけ人が多いにも関わらず、フェイの関係者は一向に見つからなかった。エインフェリアだけでなく、色々な人に聞いて回ったが成果は上がらなかった。
「エインフェリア、神々の子よ……汝はその業をアコライトとし、神々のために尽くすことを誓うか」
「はい!」
ティアは兼ねてから念願のプリーストになるため、その前の手順、一次職のアコライトになるための試験を終えてきた。巡礼という砂漠の彼方にいる修行者に会いに行く試験だが、砂漠がトラウマになっている彼女はちょっと及び腰だった。しかしなんとか無事に試験を終えることが出来、今日から彼女はアコライトとして生を歩むことになったのである。
アコライトになってからの旅は、二人にとって楽しいものだった。フェイに笑顔が出始めたのだ。相変らず声は戻らなかったが。
いつも穏やかに微笑んでいた彼だが、それとは違う、その時を愉しむ笑顔である。
日が経つにつれて、二人は一緒にいるのが当たり前みたいになってしまった。ティアとフェイが出会ってから1ヶ月以上が経っていた。それでもフェイの素性が割れず、二人は焦っていただろう。一緒に笑いながら冒険をするさなかにも―――やはりフェイは時折辛そうな、哀しそうな顔をした。
彼は戻るべきところに戻らねばならない……。それは二人とも分かっていることだった。
彼の仲間を無事に見つけることが出来たら、彼との旅はおしまい。
ティアはそれを無意識に自覚し、自分でも分からない寂しさを噛み締めていた。だから正直なところ、ティアは内心ほっとしていたのだ。このまま彼との日々が続けば良いな、と。
そしてそんな自分に対して――いつの間にか嫌気がさしていた。
ティアのレベルも大分上がっただろうと思われる頃、二人はそれまで通っていたダンジョン―――これがなつかしのフェイヨン洞窟なのだが―――を離れ、プロンテラ近郊にある『北の迷宮』なるダンジョンを覗きに行くことにした。いまやティアは一人でゾンビと対峙できるくらいに成長しているのである。
『北の迷宮』は、名前の通りプロンテラのやや北に位置するダンジョンである。内部はかなり入り組んでおり、最深部を覗けるのはかなり手だれな冒険者だけという。資金もようやっと貯まってきたばかりで特殊装備の一つもなかったが、噂を聞いてティアはいく気満々の様である。フェイは心配を隠せないようだったが、同行してくれることとなった。
現地についてその様子を見ると、好奇心満々だったティアも固まった。そのくらい鬱蒼としていて、誰も冒険者をみないのである。フェイは彼女に見えないように苦笑して、その手を取った。彼女も恐る恐る彼の後をついていく……。
洞窟内は暗く、フェイヨンのそれと違って松明などの灯りはなかったが、何故かうっすらと明るく歩くのに苦労はしなかった。しかし中は大分枝分かれしている。
後ろで躊躇いがちなティアを気遣ってか、フェイはその手をしっかり握っている。不思議なことに、記憶をなくしているにも関わらず、彼はどこが自分の手に負えない場所か分かるようだった。体が覚えていたのだろうか。彼が進む先では襲ってくるようなモンスターは現れず、ティアも次第に馴染んでいった。
少し狩をして休憩に入ろうとしたとき、ティアは自分達から少し離れた場所に、見慣れないモンスターがいることに気付いた。小さな山羊の姿をした手に鎌を携えているモンスターだ。
「フェイ、ねぇ……あれ……」
とティアが指差すや否や、フェイはいきなり彼女の前に出て剣を抜いた。やがて彼らの姿を認めたか、そのモンスターもこちらに向かってきた。フェイは素早く前に走り出て剣を振るった。
その瞬間、剣と鎌が噛み合い、迸る殺気がティアを襲った―――
思わず彼女も我を忘れ、フェイに支援することすら忘れるほどである。
「ヒ、ヒール!」
小さな山羊のモンスターは外見とは裏腹に強いらしく、フェイもいつもより苦戦を強いられている。しかし流石に支援あっての彼は手堅いらしく、手負いのまま奥の方へと逃げ去っていった。
「フェイ!」
フェイは相当緊張しているらしく、息が上がっている。本格的な治癒をしようとしたティアを止めて、彼はここを出ようと彼女を引っ張った。いつもの彼の力ではない、尋常でない引っ張り方だ。
「痛たッ!」
そう呟いている彼女を気に掛けられないほど、そこを出たがる理由が彼にはあった。
が、手遅れらしかった…………。
「あ……」
ティアは既に動くことが出来ず、喋ることすらままならない状態になっている。
フェイは血が出んばかりに下唇を噛み締めていた。額からは汗が滴っている。
それほど恐ろしい張り詰めた気……殺気が二人の体にまとわりついて離れなかった。ティアは恐ろしさに涙が出そうになるのを懸命にこらえていた。
……やがて、生臭い臭いが漂ってきた。
否、これはモンスターのもつ瘴気だ。しかしこのときの瘴気は、二人がこれまでに嗅いだ事のないくらい濃いものだった。崩れそうになるティアを必死に支えながらも、フェイは奥の方をずっと睨み続けていた。