天狼星  9

彼らが渓流に入る頃には、シリウスの声は聞こえなくなっていた。

 「そうそう旦那さん、これをさっきおじいちゃんから貰ったニャ」

モミジはあるものを懐から取り出しハンターに渡す。

 「いにしえの秘薬……?何でこんなものを」

 「集会所のおじいちゃんが、何かあったら使えって。シリウスと戦いに行くとでも思ってたのかニャ」

一応彼らが渓流に入る前にハンターズギルドを訪ねると、どうやら例の咆哮でギルドの人も起こされたらしく、餞別にとギルドの爺がくれたのがこのいにしえの秘薬だった。
高価なため、よほどのことがない限りハンターも使ったことがない。彼はこの恩恵に素直にあやかることにした。









彼らはシリウスの名を呼びながら渓流の更に奥地へと踏み込んでいく。
野生のアイルーらの集落に彼らがたどり着くと、アイルーらも何かに怯えたように辺りを見回していた。
何か心当たりはないかと尋ねてみたところ、今日の渓流も至っていつも通りだったが、先ほど武装をしたハンターらしき人々がここを通っていったとのことだった。

まさか、ハンターがシリウスを狩りにきたのだろうか。
そんなはずはない、ギルドからは彼に対して狩猟依頼がきたとは聞いていない。だとしたら、身内であるユクモ村を抜きにして危険因子を排除しようというのだろうか。
彼らもともかく、そのハンターらの跡を追うことにした。


吊り橋を渡った先にあるのは例のリオレイアの洞窟である。その前を通り過ぎようとして、ハンターらはふと足を止めた。
何かが、洞窟内を反響して聞こえてくる。
よく聞けばそれは、人の声だった。男が複数人、豪快な笑い声をたてているようである。
リオレイアの巣に踏み込んで、笑っていられるとは一体……?


 「まさかこんなにうまくいくとはなあ」

 「さて、こっちはどうする?」

 「下の奴らに任せれば良いだろう。こいつは解体する必要があるし、一長一短じゃ出来ねぇ。俺らの目的は、端からこいつらだったんだしな」

 「しかし体内の腐敗は進んでるが、見事なリオレウスの甲殻のおまけつきときた。こりゃあしばらくは遊んで暮らせそうだ」

ガハハハハ、と男たちがまた豪快な笑い声をあげているところへ、すらりと太刀を抜刀する音が聞こえてきた。

 「どこのギルドの許可を得て、彼女を狩りにきたんだ」

太刀を手にする者の声はあくまで静かに、しかし蒼白く揺らめく焔のように強い怒りを秘めていた。
途端に男たちの笑い声は止み、辺りはほの暗い静寂に包まれる。

 「どこのギルドが、彼女の巣を丸ごと潰せと依頼したんだ」

再び、凛とした声が洞窟内に響いた。
彼に相対する男たちも各武器を構え直した。引く気配は微塵も感じられない。

 「答えられないだろう、密猟者!」

決めつけるようなその叫びは、怒りで語尾が震えていた。
どこの世界でも当たり前のように行われている、モンスターの密猟。まさか、この村にまでくるとは夢にも思わなかった。
ギルドが狩猟許可を出さなかったモンスターに対して、あるいは素材価値が高騰しているモンスターに対してよく行われているということを耳にした記憶がある。訳あってギルドに依頼することが出来ない者や、ギルドの仲介料を嫌う者が彼らに直接依頼することもあるという。
ハンターが怒りを露わにしたのは、彼らの横にある荷台に、無造作に積まれたものだった。傷一つ付いていないというのに、もうそれは身動き一つしなかった。

 「大人しくお縄につくニャ、密猟者!」

モミジが止めと言わんばかりに声を張り上げる。
しかし彼らはくつくつと笑うと、それを一蹴した。

 「ユクモ村のハンターさんのお出ましか……。見つかっちまったら仕方ねぇが、俺らは確かに犯罪者だ。守るものもねぇし、捨てるものもねぇよ。でも、アンタは違うだろう……?」

ギラリ、とその刃を見せつけながら男がにじり寄ってくる。後ろの男たちも不気味に笑いながら彼に続いた。ヘヴィボウガンを携えているガンナーが混じっているのがなんとも不利だ。

 「モミジ、お前はあのガンナーを頼む」

ハンターは太刀を納刀すると剥ぎ取りナイフを取り出した。
モミジはそれを聞いた瞬間、男たちの足元をかいくぐってガンナーの顔面に猫パンチをお見舞いした。

ぎゃあというガンナーの悲鳴と同時に、残りの男たちもハンターに向かってきた。
ハンターが正面の攻撃を受け止めると、横からもう一人が刃をないでくる。ハンターは素早く腰から予備の剥ぎ取りナイフを抜刀するとそれを弾き返した。その隙に正面の男から腹部を蹴られ仰け反ってしまったが、すぐに彼は体勢を立て直した。

 「ユクモに巣くうモンスターは彼女だけじゃないと知ってるだろう! 何故このような真似を!」

ハンターが憤ると男達はせせら笑う。

 「……ユクモの渓流にジンオウガがいるのは承知の上さ。だから俺らは二手に分かれてきている。ジンオウガをおびき出す班とリオレイアを狩る班と。今頃奴もボッコボコにやられているだろうよ。流石のジンオウガも十名のハンター、いや密猟者にはかなうまい。まぁ、黄泉路へと送られるお前さんにも関係ないだろうがな」

ハンターは再び剣を構え直す。やはり、目撃者を葬ろうというのか。
見れば、いつの間にかもう一人の男はモミジに向かっている。近距離相手に苦戦しているガンナーに加勢しにいったというとこだろう。

 「モミジ!」

 「おっとぉ、お前さんの相手はこの俺だぜ」

再び男の剣が降り下ろされる。ハンターはそれを防ぐともう片方の剣で男に斬りかかるが、それも盾で易々と防がれてしまう。

 ―――くそうっ

ハンターはぎりりと奥歯を噛みしめる。

 ―――俺は、シリウスも、誰も護ってやれないのか!

二撃、三撃と刃が噛み合う。男は盾をブン回すとハンターを強かに岩肌へと投げつけた。

 「そんな甘っちょろい太刀筋で来なさんな。こちとらはお前さんを殺そうとしてるんだぜ?生け捕りにしようなんて甘い概念は捨てちまいな。今この場にあるのは死ぬか、生きるか。それだけだぜ」

男はさも愉快そうに言い放った。まるで生と死のやりとりそのものを愉しんでいるようである。こういう狂ったところがなければハンターなど、いや密猟者などやってはいられないだろう。

ハンターも起き上がり男に再び向かっていった。
確かに、自分は甘かったのかも知れない。その最たるものがシリウスやこのリオレイアだ。今回の件で自分に全く非がないとは言えない。
だからこそ、けじめをつけなければ。

ハンターの太刀筋は先程とは見違えるほど流麗で、そして鋭くなった。これには流石に男も狂喜の色を見せる。

 「そうだ、そうでなくてはな。さぁ、俺を殺してみろ!」

だが、やはり自分は甘いのだとハンターは思う。
彼は一瞬姿勢を低くして男の盾を薙ぎ払うと、一呼吸置いた後に次々と刃を繰り出した。

 「何!」

双剣を使うハンターの中でも手練れが好んで使う技、乱舞だ。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。これほどぴったりな言葉はない。ハンターが一太刀振るう度に鈍い金属光が軌跡を描いた。

 「ぐあぁっ!」

男はその乱舞をまともに受けてしまった。
防御の薄い腕を重点的にやられたために、その手はもう剣を握ることもあたわず、カランと音を立てて彼の剣が足元に転がった。

 「なるほどな、ベテランのハンターってのはこういうことか……」

男が観念したかのようにほくそ笑んだ、その直後。
ズキン、と鈍い痛みが脇腹を襲った。目の前の男も脇腹を抱えて倒れ込んだ。

 「ぐうっ……」

ぬるり、としたものが手に触れる。
それが血と肉がない交ぜになったものだと気付くのにそう時間はかからなかった。
男が倒れ込んだ先には、ガンナーが銃器を構えて立っていた。モミジが剣士に気を取られている隙に撃ったのだろう。
貫通弾で仲間ごと打ち抜くとは、なんて奴だ。
剥ぎ取りナイフで傷つくような装備だ。あまり良い防具ではなかったのだろう。目の前の男はヘヴィボウガンの重い攻撃を真に受けて、腹部の半分がなくなっているような状態だった。
ハンターも岩肌へと倒れ込んだ。
モンスターの堅い甲殻を易々と切り裂く大きな弾はハンターの丈夫な防具をも砕き、その体をいともたやすく蹂躙した。背中側からも血がぼたぼたと垂れてきている。このままでは、彼の命もまた危うい。

 「旦那さん!」

ガンナーが二発目を撃とうとしたところでモミジが斬りかかった。
しかし、モミジの状況もまたまずい。彼はハンターを護りつつ二人に相対しなければならないからだ。見れば、彼も密猟者も無傷ではない。

 「逃げろ……モミジ、逃げろ!」

意識も朦朧としかけたハンターが、最後の声を振り絞って叫ぶ。しかし、オトモは頑として動かない。
密猟者の方には余裕さえ出始めてきていた。
ガンナーがハンターへ銃口を向けてモミジの気を惹いて、剣士が彼に斬り付ける。
何度目かのそれの時に、ガンナーがモミジを銃器でぶっ飛ばした。
ハンターに銃口が、モミジに剣が降り下ろされようとした、その時―――

 「蒼い―――雷光虫?」

モミジと密猟者の間に、雷が落ちた。
ガンナーも思わず銃器を構えるのを忘れ、肩を震わせる。

いつの間にか雷光虫が周りに飛んでおり、それはハンターとモミジを護るかのように密猟者の前に立ちふさがった。

 「来るな……来ちゃいけない!」

それの怒り狂った咆哮を最後に、ハンターの意識はそこで途絶えた。
慌ててモミジは彼に駆け寄り、その懐からいにしえの秘薬を取り出した。

 「そんな馬鹿な、十人のハンターを―――全て屠ってきたというのか!」

目映いほどの蒼白い電撃を纏ったそれは、血塗れの口吻を再び密猟者に向けた。
彼も決して無傷ではない。甲殻の至る所は傷つき、一部からは血が流れ出していた。その純白の毛も―――全て彼のものかは不明だが―――血の色に染まっているところがある。

ジンオウガは密猟者をねめつけるように歩いてくると、予備動作もなしにいきなりその凶器である腕を密猟者へと叩きつけた。
電撃が掌から迸るその様はまさに死への引導を手渡してやろうとしているかのようだ。
密猟者等は辛うじて避けきったらしいのだが、その勢いで鍾乳柱が崩れ落ちる。彼らはもうプライドも何もかもかなぐり捨てて悲鳴を上げて洞窟から逃げ出した。ジンオウガもその後を追っていく。

モミジが引き続き主の手当をしていると、洞窟の外から身の毛もよだつ様な、壮絶な悲鳴が聞こえてきた。
どうせもう助かるまいとは思ったが、モミジが洞窟の入り口から外を伺ってみると、濃い鉄の臭いが漂ってきた。

ジンオウガは彼に背を向けていたが、帯電は先程よりも穏やかになっていた。

 「シリウス……」

そのとき雲の隙間から覗いた月は満月だった。
彼はその金色の光に向かって遠吠えをすると、くるりと身を翻して渓流の奥地へと消えていった。

 

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