天狼星  8

それから数年後、運命の日。
今やすっかりユクモ村の名士となったあのハンターは、他の3人のハンターと共に渓流にきていた。
赤い衣装を纏い、狩りを目前に闘志をたぎらせている3人と違い彼の顔は暗く、またその目は沈みがちであった。


 

それよりもまたしばらく前。
ハンターは村からさほど離れてない渓流へきていた。狩りに来たのではないのか、軽装の出で立ちである。オトモのモミジも時折寄り道してはキノコやハチミツなどを集めていた。
彼は最近、遠方に狩猟に行くのはなるべく控えるようにしている。その地の後発、つまり育ってきた若いハンターの仕事を奪いたくないからだ。彼が遠方まで狩猟に出かけるのは、大概が誰も達成できなかったクエストのためであった。

その日は良い天気であった為、林業のため山に入っている村人の姿もちらほらと見受けられた。彼は村人の挨拶に応えると、さらに奥へと分けいっていく。
吊り橋を渡った先にある開けた場所で、彼は声をかけた。

 「おいでシリウス、ご飯だよ」

その途端近くの洞窟から姿を現したのは、紛れもなく成獣のジンオウガだった。
しかし彼は嬉しそうに鼻を鳴らすとその顔をハンターの頬へとこすりつけた。

 「はいはい痛い痛い。シリウス、ごろん。ごろんは?」

ハンターにそう言われると彼はその巨体を仰向けに横たわらせ、彼に向かって腹を見せた。ハンターがよし、と声をかけると体制を元に戻し舌を出してにっこりと笑った。
これがハンターがシリウスに教えた、敵意なしのポーズだった。
シリウスはあれから冬を三つ越えないうちに成獣の大きさになり、ハンターの家に入り切らなくなってからは村の外を寝床にしていたが、成獣に近付くにつれ彼は自分から徐々に村を離れていった。
それでも彼に会いにくる村人や観光客もおり、彼はつかず離れずなこの位置で暮らしている。
多少人通りのあるこの場所で、偶然にシリウスに出会った人はド肝を抜かれたことだろう。人生終わった、と思った人も何人かいたかも知れない。
だからこそ彼には、自分に対して敵意を見せていない人間に対して、自分も敵意を持ってないことを示すように躾たのだった。今のところ物騒な噂を聞かないところを見ると、彼の縄張りを荒そうとした猛者は現れなかったらしい。まぁ今やユクモ村と言えばシリウスと言うくらいその知名度は他国にまで響いてるというのだから、わざわざ危険を冒しにくる人などいなかったのだろう。
ハンターに誤って狩られないかという問題は、シリウスが身につけているドッグタグが解決してくれた。シリウスが首から下げている麻縄の首輪の先にぶら下がっているそれは、この村周辺で採れる虹色水晶を加工したものだった。四角いその名札は日中夜間を問わずにきらきらと光るので視認性が良く、名札はよくよく見てみると彼の名前と村長の名前が彫り込んであった。

シリウスも賢いもので、人間が山に入ってくる気配を感じると自ら奥に引っ込んで人と遭わないようにしているらしい。ハンターがこうして時折シリウスに会いに来るのも、彼の身に間違いが起きていないか確かめる意味合いも勿論あった。

と、彼が再びハンターの頬に顔を擦り付けてきた。その足元にあるものを早く寄越せということらしい。

 「あぁ、ごめんごめん。はい、お手。おかわり」

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、シリウスもユクモ村の人から教えられた芸をまだ覚えていた。ハンターの命令に従うところをみると、彼はまだハンターのことを主と認めているようだった。ハンターだけでなく、モミジの言うこともちゃんと聞きわける。本当にこの子は賢い。

ハンターは荷台に乗せてきたブルファンゴやガーグァの死体をどさりと降ろした。野生のものや中にはユクモ村から譲り受けたり買ったりしたものもある。時にはアプトノス丸々一頭を運んできたりする時もあった。
不思議なもので成獣になって以降、シリウスは一時ある程度のものを食べれば結構長い間絶食が可能らしかった。まぁ毎日アプトノス一頭なんて食べられていたら、この世の生体系は崩壊してしまうだろう。きっと世を同じくして、殆どの大型飛竜がこういった代謝経路を持っているからこそ、存在出来るのだろう。そう考えると、人間はなんと非効率的な生き物であることか。因みにシリウスは一週間に一度、アプトノス一頭分を食べられれば良いらしかった。
シリウスは早速ガーグァ二頭をくわえて洞窟内に入ろうとした。ねぐらに持って帰って食べるのだろう。ハンターが親切心でブルファンゴを一緒に持って行ってやろうとすると、シリウスはやんわりと身体で彼を押し返した。どうやら洞窟に入るなということらしい。不思議に思ったハンターが、こっそりモミジに後を追けさせると洞窟の中から咆哮が轟いてきた。しかもそれは、どう聞いてもシリウスのものではない!
慌ててハンターも洞窟に飛び込むと、見えたのは緑色の冠を抱く、陸の女王だった。

 「何故リオレイアが村のこんな近くに!?」

リオレイアの威嚇を受けたオトモも彼の方に戻り、態勢を整えようとした。しかし、その後ろから彼女は突進してくる。
ハンターが太刀を抜こうとしたその瞬間に、目の前に雷の塊が降ってきた。
シリウスが素早く割り込んできたのだ。
彼は電撃を身にまとい、女王を見下ろすように構えている。バチバチとした電撃を嫌ってか、女王も威嚇をしながら数歩下がった。
シリウスは電撃を鎮めると彼女の側に歩み寄り、優しい声で彼女に巣に戻るように促した。見れば、隅の方に何やらジャギィがたかっている。彼女はそれを見ると烈火の如く雄叫びをあげ、彼らに向かって突進をしていくとそれらを次々に血祭りに挙げていった。
シリウスも彼女に歩み寄る。ハンターの方を時折振り返るのは、ついてこいということだろうか。モミジも外に置いてあるファンゴを荷台ごと運んできた。
ハンターがシリウスの後ろから見たのは、先程襲われそうになった己が子を慈しむ母の姿だった。一頭は卵から孵っているが、まだ3つほど孵化せずに残っている。
その育児光景の横を見た時に思わずハンターは拳を握りしめた。

母の隣に横たわっていたそれは、彼女の夫だった。
彼はまるで巣を護るかのように横たわり、愛する者を見守るかのように微笑みながら、それでいてぴくりとも動きはしなかった。
体中に負った裂傷、銃弾跡、そして夥しい無数の矢。
彼は狩られるものとして追われる身にありながら窮地を切り抜けて、そしてここで最期を迎えたのだろう。
誰が悪いというわけでもない。
一転すれば、人間が彼に追われる立場になるのだ。
要はこの世は弱肉強食であり、それがこの世に生きる者全てに課された掟だった。彼はたまたま弱者の立場に追いやられた、それだけだ。
ハンターが彼に近寄るとリオレイアは低い唸り声を上げたが、彼はリオレウスの前で両手を合わせるとその子供をじっと見つめた。

 「参ったな、ここに巣を作られるとギルドの方から討伐依頼がくるかも知れない……」

ハンターがそう呟く傍ら、シリウスはリオレイアにガーグァを差し出していた。彼女は早速その肉を割いて、子供に与えている。
ハッとハンターは我に帰り、

 「シリウス、お前まさか……」

こちらを向いたシリウスの顔が笑っているように見えたのは、きっと錯覚ではあるまい。
彼はハンターから貰った食料をこの未亡人に分けていたのだ。抱卵者がいない今、母は巣を離れる訳にはいかなかった。その飢えた母へシリウスは施しをしていたのだ。

 「お前、お腹空いてないのか?大丈夫なのか?」

先程リオレイアが血祭りに上げたジャギィ共をシリウスはその側へと持っていく。
彼にそう言われると、シリウスは眼を細めて彼に頬を擦り付けてきた。勢い余って刺されそうになったその角を抱え、彼はぽんぽんと頭を撫でた。

 「明日アプトノス持って来てやるからな」


ハンターはユクモ村に帰ると、すぐにギルドに事情を話しに行った。
さいわいに番いの片割れがいないために立ち入り危険区域は狭く、シリウスもいることだし村に支障は出ないだろうとのことだった。彼女らを狩らないで欲しいと言うハンターの申し入れは、彼が毎日彼女らを監視し、問題が起こるのを未然に防ぐと言う条件付きで受け入れられた。
果たして翌日見に行くと、卵の一個を残して新しく雛が孵っていた。
ハンターは約束通りシリウスにアプトノスを届けに行ったが、彼はその一部もリオレイアとその子供に与えていた。

 「なんだかシリウスがお父さんみたいだニャ」

モミジがそんなことを呟くと、シリウスはモミジの鎧の端を加え、ひょいと放り投げた。

 「ニャ、ニャ!?」

すとん、とモミジが着地したのはふさふさの白い毛が生えているシリウスの背中だった。

 「で、でもお尻にトゲが当たって痛かったのニャ〜」

モミジが呻く傍ら、シリウスはとことこと歩き出す。流石にオトモを誘拐されてはかなわんので、ハンターもその後を追った。きっと、追いてこいということなのだろう。その証拠にシリウスは何度か後ろを振り返り、ハンターが追いてきているか確認している。
シリウスはとあるところで立ち止まった。いつもハンターがハチミツを採取している場所だ。
今年もこの巣は放棄されなかったらしく、木の幹を伝ってハチミツ溜まりが出来ている。今回の繁殖もうまくいった証だ。
シリウスはそのハチミツ溜まりを見てから、ハンターを見つめるという仕草を何回か繰り返した。欲しいのか、と思ったがどうもそうではないらしい。何より下に溜まってるのだから自由に嘗めれば済む話だ。
取りあえずハンターが幾つか瓶詰めを作ると、シリウスはモミジを乗せたまま、再び歩き始めた。
彼が次に足を止めたのは断崖絶壁の目の前である。しかしシリウスの親個体もそうであったように、彼らはこの断崖を易々と下っていくのだ。
ハンターもケルビの群がこういった崖を器用に降りていくのは知っていたが、これほど大きな個体が駆け下っていくのを見たときには流石に驚嘆した。
で、今そのシリウスがハンターの鎧の裾をくわえているのである。なんだか嫌な予感しかしない。

 「……俺も、乗れってか」

シリウスはその言葉を聞くと腰を落とした。
ハンターも意を決して彼の背に跨り、たずなではないけれども彼の首の麻縄をしっかり握りつつモミジと一緒にその太い首にしがみついた。
シリウスは大きく嘶くと何ともない風に軽く跳躍し、その絶壁を下っていった。ぎゃああああああという悲鳴が何度も谷にこだましたのは、まぁ言わずもがなである。



その谷底に着くと、ハンターとモミジはぼとり、と彼の背からずり落ちた。
なんちゅうアトラクションだ。これは村おこしに使っても絶対受けないぞ。
と、目の前にあるものにハンターは目を見張った。

 「アオアシラ!?何でこんな谷底に?」

そこにはうずくまっているアオアシラがいた。が、ただ単にうずくまっている訳ではないらしい。どう見てもそれは死体にしか見えなかったが、シリウスが彼を鼻でつつくと僅かに震え、伏せていた顔をややあげた。
生きているということは分かったが、その顔を見てハンターは思わずうっと顔をしかめた。
その顔は血だらけだったのだ。擦り傷だらけな上に耳が半分ちぎれかけている。擦り傷からの出欠は止まり、かさぶたになっていたが口から吐き出している血はまだ生々しい。
一体これはどういうことなのだとハンターが体を検分してみると、だいたい全身が同じような感じだった。腕の片方はあらぬ方向に曲がっており、それをみてモミジが口を開いた。

 「こいつ上から落っこちてきたのかニャ、旦那さん」

どうやらそういうことらしかったが何故、と彼が崖の上を見渡してみるとあったあった、あれが原因だ。
絶壁をちょっと降りたところに、蜂の巣があったのだ。
この哀れなアオアシラは好物のハチミツをちょいと頂こうとして、誤って足を滑らせたか蜂に刺されたか、ともかく落ちてしまったのだろう。あの高さから落ちたのだから、もう助かるまい。むしろ、今まで生きていたことの方が驚きだ。やや這いずったような血の跡があるということは、彼が落ちてから結構時間が経っているらしい。きっと長いこと呻いていたことだろう。
シリウスはハンターの方に向き直ると、また何かをねだるように鳴いた。彼も意を察してそれを取り出し、アオアシラの口の前にある腕にかけてやった。
アシラは首は動かせるようで、その匂いを嗅ぐと首をもたげてハチミツを嘗め始めた。しばらくの後に彼はハンターとシリウスの方をじっと見つめていたが、やがてその首を力なくかくり、と腕の中に落とした。

 「お前は優しいんだな、シリウス」

アシラに手を合わせてハンターが呟くと、シリウスがその残った片方の目を細めて再び微笑んだ。

 「きっと、シリウスは立派なユクモの主になれるニャ」

ユクモの主、か。
それも悪くないなとハンターは思った。
世に平定をもたらすのは良き君主の登場である。
人間とモンスターの両方を知るシリウスならば、人とモンスターを調和し、このユクモの地を安寧へと導けるだろう。シリウスの寿命は軽く自分の倍はあるのだろうから、きっと自分がこの世からいなくなってからも永きにわたって続くのだろうと、彼はそれを想像して満足していた。


けれどもそれは、ただの自己満足に過ぎなかったのかも知れない。
自分は、シリウスのことを分かってるようで、全然分かっていなかったのかも知れない。
いくらオトモが、村長が、村人が彼の意見に賛同しても、そのときは来てしまったのだからーーー。









その日、村はちょっとした騒ぎになっていた。

 「聞いておくれよ、村の外に放していたガーグァが三匹程戻らないんだ」

ユクモ村ではなるべく自然の環境に近くなるように、村の周りでガーグァを放し飼いにして育てている。これが噛み応えあるしなやかな肉質と、適度に乗った脂身の秘密でユクモ村名産ガーグァは好評な訳だが、やはり時々こういったことが問題になることもある。

 「渓流に迷い込んじまったかねぇ。そこらへん探したのかい?」

 「どこにもいないみたいなんだよ。ジャギィ共にたかられて群の端っこが持ってかれちまったかね」

久々に狩りから戻ってきたハンターもこの話を耳に挟んだ。今日は荷台の上にアプケロスが積んである。

 「また迷子かい?」

 「あら、おかえりなさい」

 「よう、ハンターさんお久しぶり」

村人もハンターを労うと、彼に事情を話し始めた。

 「それがねぇ、いなくなってから今日で2日目なのよ。一向に帰ってくる気配はしないし、もしモンスターの仕業だったらどうしようって」

最近この周辺であのリオレイア以外に大型モンスターが出たとの話は聞いていない。
リオレイアの子供らは今が食べ盛りだろう。とすれば、食料が足りなくなって手を出しにきたのだろうか。

 「渓流で迷子になってるんだったら早く迎えにいかないとな。シリウスのご飯になっちまう」

 「違ぇねぇ」

村人はハンターが狩ってきたアプケロスの甲羅を叩いてからからと笑った。
ハンターにこれだけご飯を貰ってるのだから、彼の仕業でないことは村人にも察しがついている。
ハンターも苦笑すると、次の日が昇り次第渓流を見て巡ってくると請け負った。シリウスにこれを届けるついでだ。丁度良い。
なんてことはない、どうせいつものように奥地に迷い込んだのだろう。彼もそう思っていた。


その楽観的な気持ちをぶち壊したのは不穏な気配。
安眠に就いていたハンターを起こしたのはオトモのモミジだった。

 「どうした、何かあったのか」

 「旦那さん、聞こえないかニャ?」

ハンターもベッドから這い出て耳を澄ませてみる。
今度は彼の耳にも、それがハッキリと聞こえてきた。
それは、王者の気高き咆哮。

 「シリウス……?」

 「シリウス、……怒ってるニャ」

見ればハンターの膝元に置かれているモミジの手は微かに震えている。生き物としての本能だろうか、潜在的な恐怖が引きずり出されているようだ。それほどのものを呼び起こすほど、彼は何かに対して敵意を向けているらしい。またその破片が飛んできて、今度はハンターも思わず肩をびくりと震わせた。

 「一体渓流で何が起こってるんだ?」

 「分からニャイけど……ともかく行くしかニャさそうだニャ!」

ハンターとモミジは急いで支度を整えると渓流へと飛び込んでいった。

 

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