天狼星 7
間もなくして、冬がやってきた。
山は白色の静寂に閉ざされ、彼も依頼をこなす以外ではあまり外出をしなくなった。持ち込まれる依頼もこの季節は減り、その場所も大概が砂漠や火山などだった。
今日は火山でアグナコトルの狩猟を終え、一息ついているところである。あれがいなくなれば、しばらく火山は安泰だろう。
彼がユクモ村に帰ってくると、丁度村の入り口で村のアイルーらとシリウスが雪にまみれて遊んでいるところだった。猫はこたつで丸くなってるんではないんかい。
シリウスとアイルーらに歓迎された彼も、しばらくその遊びに興じることにした。
ユクモ村もひっそりと閑古鳥というかというとそうではなく、何故かある一定のラインで観光客が訪れていた。曰く、雪と温泉は切っても切れない関係にあるのだとか。雪見露天で頂く旨い酒こそ至高と豪快に笑う者もいた。ともかく、この寒い時期は体を温める温泉と相性ばっちりらしい。実は冬道用の街道が整備されたことで、トータルで見ると夏よりもお客さんがきているのだと村長が教えてくれたこともあった。その道を整備できたのも、村を脅威から守ってくれるハンターのおかげだと、彼女は眼を細めてお礼を言っていた。
彼も久々の温泉に浸かりながらモミジに酒をついでもらう。
雪見露天だと上は地獄、下は天国だという状態だが確かに夏に入る温泉よりもそれは不思議と魅力的だった。
と、目の前に雷光虫の死骸が流れてきて、彼はそれを浴槽の外へと捨てる。
今日は村長と旅館の許可もあって、とある貸し切り風呂を借りてシリウスを温泉に入れてみたのだ。彼は初めての温泉に興奮し、じゃばじゃばと音を立てて遊んでいる。折角の良い湯が台無しの様な気もするが、まぁ他にお客さんもいないし、お湯は掛け流しだから大丈夫だろうと、彼も楽しそうなシリウスを眺めていた。
危惧するところは彼が体内に飼っていた雷光虫である。やはり溺死した個体がちらほら見られるが、一体あの体の中はどうなってるのだろう?
ところが湯上がりの一杯を飲んでいるところで、彼はまたシリウスの中から雷光虫がもぞもぞと這い出てくるところを目撃してしまい、思わず牛乳を噴きかけた。
どうやら彼の体内の水が入りにくいところに避難しているらしい。これで雨の日も行水も万事OKという訳だ。
シリウスは温泉がたいそう気に入ったようで、夕刻時になると鼻をピーピーと鳴らしてハンターにせがむようになった。しかしいつも貸し切り風呂を借りる訳にもいかず、ハンターが頭を悩ましていると、それをどこから聞きつけたのか村長がシリウス専用の露天風呂を作ってくれたのだ。
武具屋の上に当たるところに丁度良い湯溜まりがあり、それを活用して野天にしてくれたのだった。引き込まれるお湯もやや熱めで彼には丁度良いだろう。シリウスの他にも、アイルーらに好評だった。元々そこのお湯を使っていたのは彼ららしい。シリウスも他にお客さんが入っているときは大人しかった。……が。
「フニャニャ! な、なんなのニャ、こいつ!」
シリウスと一緒に入っていたアイルーが悲鳴を上げた。
どうやらお湯からあがろうとしてシリウスに近づいたときに何かがあったらしい。ハンターも後ろを振り返った。
「どうした?シリウスに噛まれでもしたか」
しかしシリウスは不思議そうな顔をしたまま、お湯の中にちょこんと座っているだけである。特に何をした風でもない。彼の甲殻の尖っている部分にひっかけてしまったのだろうか。
「いや、特に何もされてないのニャ。……ただ」
「ただ?」
「何かこう、近付いただけで変な感じがしたのニャ」
「変な感じ?」
そのアイルーが再びシリウスに近寄る。
と、彼はまた悲鳴を上げて後ずさった。
「ビ、ビリビリしたニャ〜〜〜!」
「なんだって!」
実際にハンターがシリウスの近くに手を入れてみたところ、背中付近でややむずむずするような感覚が伝わってきた。ビリビリというか、ジリジリというか、肌の上を何かが這うような感覚である。
村人も面白がってハンターと同様のことを試している。彼らも異口同音にそのような感覚を訴えた。
騒ぎを聞きつけて、村長もやってきた。彼女はころころと笑うと、
「あれまぁ、本当に電気風呂が出来るとは思いませんでしたわ」
と、シリウスの頭を撫でた。
「しかも丁度良い具合で御座いますわね。……シリウスちゃん、村のために一役買ってくださらないかしら?」
やっぱりこの野天を整備したのは好意だけではなかったのか。何という女怪だ。
しかしこの電気風呂は大ヒットし、彼は夕刻時限定で村の集会所で電気風呂を開くことになった。
夕方の集会所の混浴風呂の混み具合は凄まじく、3日待ってようやっと入れたという人もいるくらいだ。
現段階で彼の体内にいる雷光虫が放つ放電量が丁度良いらしく、腰痛に効くと評判だった。
何故電気風呂が出来たのかハンターがギルドに訪ねてみると、シリウスの体内に入った微量の水を分解するために雷光虫が放電をしているのではないかとのことだった。所轄溺死しないための防御機構らしい。それでも逃げ遅れたりする個体がぷかりと浮いていることもあった。
ハンターは時折依頼されるクエストのお土産にと、雷光虫を彼に持ってきて補充することにした。
村はシリウスのおかげでますます発展した。
今なんかはもう、秘湯というよりは観光名所と化した趣がある。これよりも山奥の村にある湯が秘湯になってしまった。しかし彼のおかげで村のインフラは整備され、暮らしは豊かになった。もう厳冬に飢えることもない。
シリウスはこんな風に村に利用されても、この村と村人が大好きなようだった。むしろお勤めをするのが彼の生き甲斐であり、そのご褒美はお客さんや村人の笑顔だった。
よくある共生動物の話のように、彼は自分のことを人間だとは思っていなかったみたいだが、自分はこの村の一員であるという自覚をしっかりと持っていた。
同時に、やはり野生の性も抜けきっていないのか、彼はこの村を自分のテリトリーであると認識し、それを害する者にはジャギィであろうとアオアシラであろうと容赦がなかった。彼を、村人を、村の平穏を乱す者には血の制裁を加えんとする熾烈な王者の姿が彼の中に眠っていた。
その愛故にあのような悲劇が起ころうとは、何人にも知る由がなかったーーー。