天狼星  5

およそ一ヶ月後。珍しく渓流にアオアシラが出没し、熊注意!の警告を受けて彼が討伐から帰ってきた時だった。

 「お帰りなのニャ、旦那さん」

ハンターを出迎えるのはオトモであるモミジと、そしてすっかりワンコのように懐いてしまったシリウスである。
彼はハンターが帰ってくると主を出迎える犬のように飛びついて離れない。

 「はいはいはいはい、ただいま。痛い痛い」

一応シリウスの爪と角にはやすりをかけてあるのだが、いかんせん成長期な為伸びるのがどうしても早い。おまけに元々強固なそれでばしばしと叩かれたら、流石に痛いと言わざるを得ない。

ハンターが家の中へ戻ると、シリウスも尻尾を上下に振りながら後をついてきた。
家の中は夕餉時の良い匂いで満たされている。

 「もう夕食の支度か。有り難う。……うわぁ、肉増えたなぁ」

ここ一ヶ月でシリウスの体重はみるみるうちに増加し、食事の量も1、5倍くらいに増えた。食べ過ぎなんじゃないのかという彼に、モミジはギルド側から指示された量よりも少なくはしていると答えた。ハンターは思わず舌を巻いた。

 「大きくなりすぎると扱いに困るからニャー。食費のこともあるし、旦那さんに負担がいかないように頑張ってやりくりしてるのニャ」

彼は頷いて、

 「有り難う。最近、オトモに連れていけなくてごめんな」

と謝った。モミジは何ともない風に、

 「気にすることないのニャ。これもオトモの仕事の範疇なのニャ。シリウスの面倒を見るのもなかなか楽しいからニャ〜」

そう笑った。
彼がシリウスの面倒を一手に引き受けてくれたので、ハンターは狩猟に出かけることが出来るようになったのだ。これで金銭面の心配もなくなり、彼はオトモにとても感謝していた。

ハンターが防具を脱いでいると、コンコンと扉を叩く音がした。

 「お野菜がきたのニャ」

モミジが戸口まで歩を進めると、後ろをとことことシリウスもついていく。
戸口にいたのは店の主人で、オトモに野菜を手渡していた。

 「まいど。いつも有り難うな。おぉ、ちび助。大きくなったなぁ〜」

自然に囲まれたこの村では元来生き物好きな人が多く、シリウスもその性格がまるで犬のようだと知れ渡ると、あっと言う間に村の人々に受け入れられた。
今なんかも主人の前にちょこんとお座りをしておやつを待っているくらいだ。誰が教えたのか、いつの間にかお手とおかわりまで出来るようになっていた。

だが最近はハンターの危惧するところが次第に現れてきている。
最初、シリウスを怖がっていた村人は、村にモンスターがいるという事実を公然の秘密として扱ってきたが、最近は馴染んできたのか余所からきた人にもその存在が知れ渡っているらしいのだ。観光地にモンスターがいるというこの致命的な情報に、ハンターは客が減りやしないか心配していたが、村長なんかは逆にこれを名物として看板犬にするつもりらしい。
なんだか寒気がした。どこまでしたたかな人なんだ。
話によればギルドと電気風呂の開発まで進めているとかなんとか。うまくいけば良いのだが。

店の主人からおやつを貰ってきたシリウスがとことこ歩いて帰ってきた。今度はそのハンターの手中にあるものを寄越せということらしい。

 「……おいおいおいおい、お前はいつからアシラになったんだ?」

 「匂いが良いから気になるのニャね。さっさとしまった方が良いニャよ」

オトモに言われてハチミツをしまおうとした彼も、ボックスの前でぱたりと足を止めた。錠が壊れている。

 「あ、言うの忘れててごめんなのニャ。それ、シリウスがいたずらしたのニャ。どうやらお肉とかハチミツとか入ってるのを嗅ぎつけたらしいのニャ〜。まったく、頭の回る子ほど恐ろしいものはないニャ」

きっちり叱ったから大丈夫だけど、とモミジは付け加えた。中身に被害はなかったらしいが、このボックスには猛毒袋などの危険なものも少なからず入っている。これは至急ボックスを移動した方が良さそうだ。少なくとも、家の中には置いておけない。ギルドあたりにに頼み込んで、どこか余分なところに置かせてもらえないか聞いてみよう。
ちなみに何故食品と毒物劇物が一緒に入っていられるのかは、ハンターである彼にも分からない。

見ればいたずらの主はいつの間にか食品倉庫である床の下に潜り込んでいた。
怒ってないよと彼が手招きをすると、頭を下げながら尻尾をふるふると震わせている。ごめんなさいのポーズなのだろう。彼はよしよしと頭を撫でてやると、蜂の巣ごとシリウスに渡した。彼はそれを嬉しそうにくわえて持っていくと、蜂の巣のままボリボリと食べているようだった。
……実はジンオウガの皮をかぶったアオアシラなのかも知れない。

 「本当はお前にやるお土産はこっちだったんだけどなぁ……」

と言いながら彼は懐からとあるものを取り出した。小さな瓶に入ったそれは、モミジも良く目にしているものだった。

 「でも旦那さん、それをシリウスにあげてどうするのニャ?」

 「いや、野生に帰った時にこれの扱いが分かんなければ、生きてけないんじゃないかなって思って」

彼の手中で目映い光を放つそれは、雷光虫だった。
ジンオウガと共生すると知られている虫で、日常生活に広く使われるほか、ハンターズギルドでもその電流を利用して罠を作っている。
見ればハチミツをぼりぼりと食べ終えた彼もこちらにやってきていた。シリウスはハンターの手中にあるそれをじーっと見つめている。

 「興味があるのかな?」

 「とりあえずあげてみれば分かるニャ」

ハンターは頷くと、雷光虫を瓶から取り出してシリウスの前にぽんと置いた。雷光虫は彼の前を横切るように歩いている。
と、シリウスが前足でそれをちょんちょんとつついた。突然の襲撃に雷光虫も電撃を出して反撃する。

シリウスはきゃん、と甲高く鳴くと一二歩、尻込みするように後ずさった。
ハンターとモミジは笑い転げそうになるのを必死に押さえている。
シリウスはそんなのはもう眼中になく、雷光虫に釘付けだ。彼はまた恐る恐るそれに歩み寄ると、再び前足でちょんちょんとそれをつつき、電撃に遭っては後ずさった。
それを繰り返しているうちに、ついに雷光虫が飛び立ってしまった。あぁ、逃げてしまうかなとハンターもそれを目で追った。
ところが雷光虫は彼の予想に反して、シリウスの背中に着地すると、するすると吸い込まれるようにどこかへと行ってしまった。
……どこかへ???

 「うわ、待て待て待て待て! ちょ、おま、どこにやった!」

シリウスが分かるはずもなく、彼はハンターの剣幕にただびっくりするばかりである。
彼はあわててシリウスの背中の毛をかき分けて雷光虫を探すが、どこにも見あたらなかった。
何か嫌な光景を思い出した。
この前倒したジンオウガーーーシリウスの親にあたる個体だが、それが生命の鼓動を止めた瞬間、無数の雷光虫が彼の体から出てきたのだ。それこそお前いったいそれをどこにしまっていたのだというくらいに。
あれを夜にみたから良かったものの、昼間には絶対に見たくないなと彼は思った。別段、特に虫嫌いではなかったが何というか、生なましすぎる。

きっとさっきの雷光虫はシリウスと共生する一号になったのだろう。大量に集まらなければ放電能力もないだろうから問題はないのだが、シリウスは夜ハンターのベッドにあがって寝る。……寝てる間にベッドの上を這いずり回られるのだけはごめんだった。

 「今日からお前、下で寝ることな」

シリウスは相変わらず不思議そうに首をかしげているだけだった。
しかしこれで分かったのは、どうやら雷光虫はジンオウガが持つ何かに惹かれて自然と集まると言うことだった。背中あたりに何かフェロモンを出す器官でもあるのだろうか。

これを村長に話したら、きっと夏にホタルを集める簡単なお仕事をさせられるのだろうなと彼は苦笑した。









それから更に半年ほど経って、村はジンオウガに悩まされる以前よりも活気を増していた。
訪れる観光客は絶えることがなく、遠くからわざわざ訪れる人も沢山いるという。宿屋の主人たちは猫の手も借りているほど忙しい日々が続いていた。
村長が全面に出した、シリウスを看板犬とした観光が成功したのだ。

最初シリウスが目当てできた人たちも、ユクモ村の温泉と景勝も相まって多くがリピーターと化していた。
シリウスの仕事は観光客のおもてなしである。
彼は首に『ユクモ村へようこそ』と書かれた木の看板をぶら下げて、村の入り口でちょこんとお座りしている。
彼を見かけて寄ってきた人がいれば尻尾をパタパタと振りながら寄っていき、頭を下げてこんにちわとご挨拶をする。それだけでなく、彼は観光客に向かって様々な芸を披露したりするのだった。そのご褒美に観光客が購入した一切れ10ゼニーのガーグァの肉切れを貰えたりすることもあり、これもまたユクモ料理の重要な素材の一つであるガーグァの宣伝にもなっていた。ちなみにこれでいくらかシリウスの食費が浮いたのは言うまでもない。
彼に様々な芸を教えたのも誰かは定かでない。少なくともハンターは彼に何も教えていなかった。

ジンオウガをしとめた彼の噂は瞬く間に広がり、彼にも連日のように依頼がきていたので、村に滞在する時間も短くなってきていた。
家のベッドで寝られるのは良くて三日に一度。最近は一週間戻らないこともザラだった。
その間のシリウスの世話は勿論モミジと、そして村人が総出で引き受けてくれていたのだ。ほっとすると同時にハンターはなんだか寂しいものを感じていた。シリウスはもはや村全体のものになってしまったのだ。勿論、シリウスが一番慕っているのは命の恩人であるハンターだけれども、彼はなんだかその事実を素直に受け止められないような心境だった。


今日は久々に村に帰ってこられたと思ったら紅葉祭りで自宅の目の前に出店やら何やらが出ているため、彼は村の高台にある、奥手の方の旅館に避難せざるを得なかった。
普段お客さんがあまり来ないこの旅館も今日は忙しいらしく、女将も彼を部屋に通してからは顔を見せに来なかった。
彼が窓から村の様子を見下ろしていると、広場に人だかりが出来ているところがある。よくよく見てみるとその中心にいる見慣れたその蒼いものはどうやらシリウスで、彼はまた新しく覚えた芸を披露しているらしかった。
シリウスは自分の芸を見て人間が反応してくれるのがおもしろいらしく、次から次へと色々なものを覚えていった。
あいつがしあわせなら、それはそれで良いがな。
ハンターは頬を緩ませると、混まない内にと浴場へと向かった。


風呂上がりの一杯も終わった夕刻、この旅館にもお客さんがどっと雪崩こんできた。どうやら紅葉祭りが終わったらしい。
やれやれ、これで帰られるなと彼が旅館を出ようとしたところで、彼は足を止めた。

「お前、どうしてここが……?」

彼を入り口で待っていたのは、シリウスとモミジだった。
シリウスはハンターの声を聞くとそれはもう切ない鳴き声をあげて彼に飛びついてきた。
嬉しそうにじゃれつくシリウスを見てモミジが、

「本当はシリウスは旦那さんが帰ってきたのを最初から分かっていたのニャ。でもシリウスは賢い子ニャから、自分のお勤めが終わるまで、ずーっと我慢していたのニャ。本当に偉い子ニャ」

当のシリウスは久々に主人に会えたのが嬉しいのか、ずっと彼の足下をくるくると回っている。
ハンターはもう抱きあげることの出来なくなった彼をぎゅっと抱きしめた。

「……そうか。お前は本当に良い子だな。おいで、今日は久々に一緒にご飯を食べような。ブルファンゴをまるまる一頭持ってきたんだ」

「フフフ、きっと旦那さんはそう言うだろうと思って、今日はシリウスのご褒美も少な目にしていたのニャ。さ、久々に腕によりをかけた料理を作るニャ!」

モミジはぴょこんとシリウスの背に乗り、彼はまたしっぽを振りながらハンターの後を付いていく。
久々に一家全員が揃う家へと、彼らは坂を下っていった。

 

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