天狼星 3
彼が村に帰りつくと、村人は誰もが凍り付いていた。
なんたって今まで英雄だと信じていたハンターが、自分達を苦しめていた元凶を拾ってきたのだから。
彼は正直泣きたい気持ちで一杯だった。
彼を迎えにきたギルドの職員もそれを見ると凍り付いたが、流石に村を救ってくれた英雄の手前、断るわけにはいかなかった。村人も同様で、誰も声をあげなかった。
ハンターは村人の刺すような視線を出来るだけ拾わないようにして、村長の元へと向かう。荷台に乗せられたそれは、衰弱しているせいか大分おとなしかった。
村長も最初、それを見て目を丸くしたが驚いたことに彼女はころころと笑ったのだった。
「おやまぁ、これはこれは珍妙なものを。ジンオウガも子供となれば、随分と可愛らしいものなのですね」
「なんていうか、その、すみません。放っておけなくて」
「随分と衰弱してらっしゃるのね。もしかしてこの前狩って頂いた、あの子の子供なのでしょうか」
ハンターは確証は持てないが、自分もそうであると思うと述べた。
「あら……可哀想に。ハンター様はこの子をどうなさるおつもりで……?」
「あの、それなんですが……飼っちゃだめでしょうか……」
この言葉を聞いてハンターの後方で恐る恐る話を聞いていた村人の目ん玉が飛び出した。何考えてやがるんだこの野郎!という心の叫びが伝わってくる。が、村長はまた面白そうに笑うと、
「よござんす。村を救ってくださったハンター様の頼みですもの。この子もまだ小さいですし、いきなり村の迷惑になることもないでしょう。但し、条件が御座います」
「条件、ですか」
「はい。この子の躾についてはハンター様も重々承知で御座いますでしょうから、私からは何も申し上げませんわ。この子を保護する条件としまして、この村お着きのハンターになって頂きたいんですの」
この意外な申し出にハンターも思わずえっと声をあげた。村長は村の一角を指さして、
「あそこが現在空き家となっておりますので、そこをどうぞご利用くださいませ。一軒家でしたら、その子を飼うのにも丁度良いでしょう。最近ジンオウガ以外にもまたモンスターの出現が増えておりますので、村付きのハンター様がいらした方が良いのではないかと、話題になっていたところでありますの。私からもあなた様の実力を見込んでお願いしたいのですが、どうでしょうか」
「ありがとう御座います。こちらこそ、よろしくお願いします」
確かに飼うと言っても住居をどうするかなんて深く考えていなかった。元々放浪の身であったし、これさいわいとハンターは頭を下げた。村長は軽く笑って、
「それでは私からギルドの方に申し上げておきますので、後は心配無用ですわ。何か必要なものがありましたら、仰ってくださいね」
と、ジンオウガの子供の頭を撫でてギルドの支部がある集会所の方へと上っていった。相変わらず何というか、読めないけれども肝が据わってる人だ。
ジンオウガの子供は撫でられた最初、びくりと体を震わせたがずっと村長に撫でられるがままだった。
ハンターが集会所から戻ってくると、まだジンオウガは荷台の上にぐったりと横になっていた。ハンターは持ってきた温泉に布を浸すと、その温布巾でジンオウガの傷口を拭いてやった。やはり沁みるのだろう、時折彼は弱々しい抗議の声をあげた。
「ごめんな、ちょっとだけ我慢してな」
しかしハンターが傷口を拭き続けている間、それは決して攻撃を加えようとはしてこなかった。よっぽど衰弱しているのだろう。
間もなくしてオトモが帰ってきた。手にしたやかんには、主に頼まれた薬草を煎じたものが入っていた。
「集会所のおじいちゃんが特別にブレンドしてくれたのニャ。何でも、ロイヤルハニーとやらの滋養強壮仕込みらしいニャ」
強壮はちょっとまずいんじゃないかなと思いつつ、ハンターは再びそれを浸した布巾で傷口を拭いてやった。
成獣は全体的に堅い鱗に覆われていたが、まだ未熟な個体はそうでもないらしい。ジャギィらは特に柔らかい部分を狙ったのか頭部が特に酷かった。そして案の定、目の傷は眼球にまで及んでいるらしく、彼はもう右目を開けることすらあたわなかった。これはちゃんと野生に帰すことが出来るかなと彼も不安に思ったが、拾った手前やるしかない。あんな巨大なものを飼い慣らす自信などないし、それこそ村の迷惑になりかねない。
ハンターが丁度傷口の処理を終えたところで、家の戸口を叩くものが現れた。何事かと尋ねると、頼まれたものを持ってきたという。それを聞いたオトモが、さっき下の店で餌になりそうなものを調達してきたとのことだった。
ハンターが表にでると、店の娘が竹かごを渡してくれた。その様子もこわごわというか、おそるおそるどころではなく、明らかに怯えていた。
臭いを嗅ぎつけたのか、中からジンオウガがまた鼻を鳴らして鳴いている。おまえはワンコか。
それを聞いた娘はひゃっと悲鳴を上げて逃げていってしまった。ハンターもため息をつくと家の中に戻る。
「うおぉっ」
と、一歩を踏み出して何かに躓き、彼は転びそうになってしまった。見れば、あれほど衰弱していたはずのジンオウガが戸口近くまで這いずってきていたのだ。片足が痛むのか、普通には歩けないようだった。だがしかし食べ物に執念を示せるほどの気力はあるらしい。
件の食物はなんぞやとハンターが竹かごの中からとりだしたのは、和紙に包まれた肉だった。
「ガーグァの挽き肉が丁度安売りしてたから買ったのニャ。取りあえず、一キロあれば今日は大丈夫だと思うニャー」
ハンターが皿に移す間にもジンオウガの催促は絶えない。
「はいはい、今やるからやるから」
今日きたばっかりだというのにもうすっかり馴染んでしまった気がして、ハンターは苦笑した。こいつ、警戒心のかけらもねぇ。
その鼻面に肉てんこ盛りの皿を置いてやると、彼は先程までの衰弱っぷりを覆す勢いでガツガツと食べ始めた。今までのは何だったんだ。
その一心不乱の様子に、ハンターは試しにそっと頭を撫でてみる。眼中にもないようだった。
「お前、よっぽど腹が減ってたんだなぁ」
「旦那さんが倒したのが親だとしたら、一週間何も食べてなかったってことニャね」
オトモが料理を運びながら言った。ハンターの顔も思わず険しくなる。しかし同時に安堵の気持ちが彼に芽生えていた。
一人と二匹の不思議な食事の光景。
それは決してあり得ないはずの珍妙な光景だったが、どこか家族的な暖かさが感じられるものだった。
相変わらずジンオウガはこちらに目もくれず肉を食べ続けていた。
食事の後かたづけをする頃になって、ふとハンターは物音がしないことに気付いた。
見れば、彼は皿の中に頭を突っ伏して寝ていた。中身をぺろりと平らげて。
面白味を感じると同時に何だか家計に優しくなさそうなこの光景に彼はちょっと悪寒を覚えたが、なに、モンスターの素材を売れば足しになるだろうと嫌な考えを払拭した。
彼はくすりと笑ってその皿を取ってやる。本当に、まだ赤ん坊なのだな。
ジンオウガの子供は気持ちよさそうに寝息をたてて寝ていた。その寝顔を見ているだけで、考えていた嫌なことが吹っ飛びそうだ。
ハンターはまたその頭を撫でてやると、夕食の後片付けを始めたのだった。