天狼星 2

彼がジンオウガを倒してから一週間。彼はまだ村にいた。
と、いうのも元々の目的が湯治だったのだが、すっかり趣が変わってしまった。
彼は最早貴賓扱いで、滞在費などは全て村長や旅館が持ってくれているのだ。元々鄙びた旅館に良いお湯、そして地元の質素な食事を求めてきたところが……彼に提供されたのは村で一番良い宿な上に、食事も豪華なものであった。
村に出れば誰からも歓迎される。オトモも同様で、彼には特別に村長が掛け合ってくれて、ジンオウガの素材で出来た装備が与えられた。ギルドの方で解体した際に余った素材を流用して貰ったらしい。美しい蒼色が目を惹くと共に、畏怖さえ感じられるようだ。

今日も村の名物である集会浴場の混浴露天に浸かっていると、村人数名が酒を勧めてくれた。あれから次第に観光客も戻り、村人も持ち前の明るさを取り戻しつつある。本当になんというか、無邪気というか表裏がないというのか、この村の明るさに彼も好感を抱き、次第に感化されていった。どうせ今しかできないのならと、彼はこの生活にしばらく身を預けるつもりだった。

と、奥から彼を呼ぶ声がする。振り返ると、受付嬢の一人が彼を呼んでいた。

 「村長さんがお湯から上がったら来てくださいって」

彼は頷くと湯船から上がり、ドリンクを一杯煽ると集会所を後にした。



それにしても、と彼は思う。
竜人族は食えない奴が多いとは聞いていたが、それに輪をかけて妖艶ささえ感じさせるのがこの村の村長だった。彼女の齢を外見から計りとるのさえ難しい。

彼女から話されたのは、新たな依頼だった。ジンオウガを倒した彼の実力を見込んで渓流に現れた陸の女王、リオレイアを狩猟してきて欲しいとのことだった。どうやらジンオウガがいなくなったことで、こちらにも獲物を求めに来られるようになったらしい。
彼は食事のお礼だと快諾すると、オトモを連れて渓流へと早速発った。









リオレイアの狩猟は順調に終了した。
彼女もここにさえ来なければ、命を取られやしなかっただろうに。
彼はいつも通り顔の前で両手を合わせると、ギルドの職員が来るまでハチミツでも採取するかとその辺をぶらぶらと歩き始めた。

鉱石を求めに洞窟に入ると、ジャギィらの集団にかち合った。
丁度そこに、先ほど狩ったリオレイアの巣があった。もう決して帰ることのない母を待つ卵の姿がもの悲しい。中にはジャギィに荒らされて見るも無惨になっているものもあった。

だが、ジャギィらがたかっているのはその卵ではない。彼らは大好物である卵には目もくれず、そのそばにいる何かに向かって攻撃を仕掛けていたのだ。
ハンターが近づくとこちらに威嚇をしてきた。彼もその太刀を抜いて応答する。
しかしながらこの巨太刀を見ても逃げるどころか襲いかかってくるこの生き物はよっぽど勇敢なのか、危険を告げる本能が欠如しているのかといつも彼は不思議に思っている。

案の定あっさりと集団を薙払った彼は、彼らが攻撃していた対象を見やった。
その瞬間オトモはおやと目を見張り、彼はしまったと手で顔を覆った。


そこにいたのは、なんとジンオウガだった。

それも成獣ではない。幼獣である。
甲殻の基礎がうっすらと見えはじめ、やや灰色がかった産毛に包まれているその外見からどのくらいの齢なのか彼には分からなかったが、親の庇護下に入る頃なのは間違いない。
まだこの渓流に、あの化け物じみたモンスターがいるのか。

と、彼のオトモがそれに近寄り声をあげた。

 「旦那さん、こいつまだ生きてるニャ。でも、なんだか凄く弱ってるし、ガリガリなのニャ」

彼もそれに近寄ってみると、確かにオトモの言うとおりだった。ジャギィに寄ってたかって打ちのめされたらしく、息も絶え絶えな状態だった。おまけにジャギィにやられたのだろう、片目から血が流れていた。恐らく、もう見えまい。かろうじて残った片目でハンターを確認しても、それはもう威嚇もせず悲しそうにクォーンと鳴いた。

 「旦那さん、もしかしてこいつ……」

なんだか凄く嫌なものを見てしまったとハンターは後悔した。あの卵でさえ罪悪感を煽るのに、さらにこいつときた。
恐らく、このジンオウガはこの前倒した個体の子供だろう。親を捜し、さまよっていたに違いない。
普通ならつがいの片割れが巣を移動するのだが、その際何らかの事情ではぐれたか、巣を放棄されたか。

彼は思わず頭を抱えた。マジで勘弁してくれ。
対してオトモは冷静に彼を見つめている。

 「旦那さん、これどうするニャ?このままだと、死んでしまうニャ」

死んでしまうニャと言っても村にとってはその方が良いに決まっている。成熟すれば、これはまた村人を悩ませるものになりうるのだから。しかしこのオトモは自分の主人がこういったものを見捨てられないのをよく知っている。
ジンオウガの子供がまた悲しそうに鳴いた。
ハンターは大きなため息をつくと、それをよいしょと持ち上げた。


 

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