悪魔猫。 3

 それからしばらくハンターはアーノルドとセナにキッチンを任せ、オトモを連れることなく単身クエストに赴いていた。セナはいつの間にかよろず焼きの半分は上手に焼けるようになり、最近はアーノルドに叱責されることも少なくなってきていた。

間もなくして三匹目のアイルーが新米ハンターに雇われてきた。
……いや、もう彼女のことを新米と揶揄する人はいなくなっていた。セナの手柄ではあったが、先代ハンターですら倒すことの出来なかった雪獅子を仕留めたのだ。村の皆に一気にちやほやされる反面、彼女なんだか複雑な気持ちだった。どちらかというと、罪悪感の方が勝っていた。自分は特に何もしていないのだから。

三匹目のアイルーはアメショー柄で、オトモアイルーとして雇われてきた割りには、この子も何だかなよなよしかった。やはりこのアメショーも何度か解雇された経験があるらしく、陰を負ってるのがたまらないとハンターが引き取ってきたのだ。
アーノルドは溜息をつくと、ここは託児所なのか?とぼやいた。
アメショーの解雇の理由は性格だった。アーノルドいわく彼はゼノではないらしい。元々臆病であんまりオトモアイルーに向かないうえに、何度も解雇された傷が彼に覆いかぶさる陰を濃くしているのだった。
仕方ないからキッチンアイルーに、と言うハンターを押し切り荒治療だとオトモ修行の稽古をつけてやっていたのもアーノルドだった。一匹で雇っていた時はただの生意気なアイルーだったが、とても面倒見が良いらしい。
最初なよなよだった新入りも、しばらくするとクエストに同行させても大丈夫だろうと言う状態までに回復した。性格の根本を直すのは無理だから、そこは旦那さんが何かしらサポートをしてやれともアドバイスをくれたのもアーノルドだった。

セナはこの口数の少ない大人しいアイルーが来ると、はた目から見ても愛くるしいくらいに世話を焼いた。彼曰く、初めての後輩らしい。正確には、初めて彼を先輩と呼んでくれたアイルーなのだそうだ。今までどういう職場にいたのかが若干伺えるのが悲しい。
彼らに触れ、アメショーも段々と変わっていった。最近は笑う様にもなってきていた。
世話を焼いたのが自信につながったのか、セナの性格も大分変った。相変わらず頭はちょっと弱いところがあったが、瞳に自信が見えるようになっていた。最近は動きも少しキビキビしてきている気がする。

このキッチンにいるアイルー全員が生きる喜びをその身に宿していることに、ハンターは遠くから頬笑みを漏らした。
思えば一番酷かったのがアーノルドで、彼の人生投げやりな態度を見てたら放っておけなかったのである。
だから、このアイルー達の姿にはとても満足していたし、それに本当に嬉しかった。



 



そんな日々から間もなくした寒さも透き通るようなある夜、彼女は得体の知れない咆哮を聞いた。
慌ててベッドから跳び起きると上着だけを装備し、村の外へと出た。外では同じようにドアから顔を出している村人数名を確認した。
と、またあの叫び声が聞こえてきた。

 「これは……」

ふと向うから人影が見えた。
その人は村の外に出ている人々を家の中へと返すと、ハンターの方に向かってきた。

 「おやっさん!」

彼は彼女がこの村に初めて来たときに、崖から落ちて気を失っていたところを助けてくれた、云わば命の恩人だった。歳は彼女より5,6歳上でまだまだ若いのだが、声が渋いので彼女はおやっさんと呼んでいる。ある飛竜に負わされた怪我が原因でハンター稼業を引退せざるを得なくなり、彼の代わりにとギルドから派遣されたのがこの新米ハンターだった。

 「今のを聞いたかね」

 「はい。あれは何なんですか!?ドドブランゴは倒したのに……。まさか別なドドブランゴがこの周辺に縄張りを広げてきたのでしょうか」

 「いや、あのドドブランゴはこの周辺でも手だれの奴だった。身体に付いていた傷を見たろう?あの中には私が付けた傷だけでなく、縄張り争いの為に負った栄光の傷もあったんだ。奴らは思ったよりも賢い。それが人間にやられた地にすぐに入り込んでくる奴はいないだろう。……それに、君はこの声に覚えがあるんじゃないかな?」

瞬間、彼女の毛という毛が総毛立った。
そう、彼女は思い出したのだ。新米ハンターにトラウマを植えつけるだけの簡単なお仕事をしている、あの方のことを――。

 「…… その様子だとちゃんと覚えているようだね。あの時は本当に焦ったよ。自分の後輩が、下手したら自分よりも重傷になってしまうのではないかとね。結構気をもんだんだよ。二代に渡って同じ飛竜に引退させられる村のハンターとは、何かの因果かも知れない、とね。さいわい君は五体満足で復帰してくれたから、良かったが……」

脳裏にオレンジ色の物体が過ぎると共に、そこで彼女は現実に引き戻された。

 「まさか、おやっさんはあいつに……!」

 「そう、この私を引退に追い込んだのはあの暴君、ティガレックスだ。私も命は無事だったが、片腕は今でも繋がってるのが奇跡だというくらいにやられたんだ」

そう言い、先輩ハンターは右の拳を握りしめる。彼の右腕の握力は未だに戻らず、後輩である彼女のそれと比べても驚くほど弱弱しかった。繋がってるのが奇跡だと言う損傷具合だったのだから、ここまで機能を取り戻しただけでも相当なものなのだろう。
彼女は改めてモンスターと対峙するということの恐ろしさを知った。お互いに命がけであるのだ。
この前単身モノブロスに挑んだ時も、あと少し逃げるのが遅かったらその鋭い一本角に串刺しにされてしまっただろうという場面があり、今更のようにそれが思い出されて彼女は身震いした。
あれよりも強大なモンスターに立ち向かわねばならない日が近づいてきている。果たして出来るのだろうか、この自分に。
確かにこの前モノブロスを単身で仕留めてはきたが、何度も強大なモンスターと渡り合うほどの経験を積んできているとは思えない。モノブロスに弱音を吐きそうになった自分が手練でないことは、自分が一番良く分かっている。ドドブランゴに至っては何もしていないのに英雄扱いだ。
今回もセナに頼めばものの十秒で決着はつくだろう。
でも、でもそれでは駄目なのだ。自身もこの村を護る覚悟と――腕を身に付けなければ。
彼女が唇をかみしめて俯くと、不安を察したのか、

 「なに、今の君なら心配することもないだろう。ドドブランゴはもとい、他の強力な飛竜まで次々相手にしているって話じゃないか。奴もすぐにこっちに来ると言う訳じゃないと思うし、今のうちに出来ることをしておけば良い。武器や防具については、私も多少アドバイス出来るところがあるだろう」

そう言って先輩ハンターは後輩の頭を軽く撫でた。
彼女が顔を挙げると、彼が信頼に満ちた笑顔で彼女を見ていた。
最初に会った時からしばらくは死んだ魚のような眼で周りの物事を見ていたこの人も、ハンターとして活躍するこの後輩を見ているうちに眼に光が戻ってきていた。彼女はその光をまっとうに受け止めるのが気まずくて、目を逸らした。

 「しかし今年は雪山のポポの生息数が少ないとも聞く。奴もそこまで危険を冒すような真似はしないと思うが、もしかしたら村の外に放しているポポを狙ってくるかも知れん。それについては私からも村長に提言しておこうと思う。飛竜を招く様な危険なことはなるべく避けたいからね。君も、それを念頭に入れて力をつけてくれると有り難い」

ハンターはこくりと頷いた。
先輩ハンター、村長、加工屋……村の人全ての信頼が、期待の目線が、今はただ、ただ痛ましい。
彼女は決意も新たに、月を見上げた。黒い雲の隙間から時折覗く銀色のそれは、冷たく笑っていた。

 

<< BACK<<    >>  NEXT>>