悪魔猫。 2

雪山へと辿りつき、頂上を目指そうと登っていくとふと眼の端に白いものが映った。雪山の白い狒狒、ブランゴだ。それがわらわらと湧いてくる。雪獅子ことドドブランゴはブランゴを統率するリーダーであり、この群れの中心にいる可能性が高い。
彼女は周囲を見渡しつつ、大剣をゆっくり引き抜くと構えた。と、同時に地面が揺れる。何事かと思ったその直後に、雪の下からドドブランゴが姿を現した。ハンターとオトモアイルーのセナは勢いで放りだされ、凍った雪面へ強かに叩きつけられた。

ハンターを見つけ、臨戦態勢に入った雪獅子がこだまする。セナはその姿を見ると雪を振り払い、一目散にそちらへと突っ込んでいった。
モンスターの姿を見て突っ込んでいくのはオトモアイルーでは極自然なことだ。だが、今思えばあの時のセナは隻眼にしては対象に的確に向かっていくし、そして何より眼に今まで見たこともない様な光が灯っていた気がする……。しかし当時のハンターはそんなことを考えるより、まず先程のダメージを回復しなければと回復薬を取り出して口に充てた。丁度セナがドドブランゴの気を惹いて、そして体よくそいつに一撃目を与えたところだった。

瞬間、ハンターは回復薬を噴き出した。

ドドブランゴは、セナに与えられたそのたった一撃が致命傷となって、力尽きたのだった。クエストクリアー、おめでとうございます。
主を失ったブランゴ達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。中には果敢にもセナに殴りかかってくる個体が居たが、それも親玉と同じように一刀の元にその命を散らしていた。
えええ、と仰天したハンターが駆け寄って見るとセナは腹の下から潜り込んで攻撃したらしく、まぁ生々しいものがドドブランゴの身体の下からはみ出している。未だ鈍い断末魔の痙攣がそれを襲っていた。
これはどう説明したら良いのだろうかと彼女は頭を悩ませたが、さいわいギルドの方ではハンターもセナも切断攻撃属性だったので、これはハンターがしでかした功績だと彼女を讃えた。
セナは何も言わず、のほほんとした笑顔のまま、いつもの何だか頼りない足取りで彼女と共に村に帰ってきた。







  「で、これはどういうことなのよ」


村に帰るなり彼女は英雄だと称えられ、祝賀会までが催された。真夜中近くになってようやっとそれが終わり、新米ハンターはやや疲れた顔で事情を知っていそうなキッチンリーダー、アーノルドに尋ねる。彼は相変わらずマタタビをふかしながら、

 「どうもこうも、旦那さんが全て見たとおりの話やがな」

と、意味ありげに笑った。彼の足元ではセナがマタタビの匂いに酔ってごろんごろんしている。

 「これをな、最初に見たときに間違いなくアレやと思った」

 「……アレ?」

 「旦那さん、あんましこのこと喋らんといてな。オフレコで頼むで。……我々アイルー族には、たまーにとんでもないのが生まれてきよる。それがこいつや」

アーノルドは煙管でセナをちょんちょんとつつく。彼は相変わらずマタタビに酔っている。

 「人間、いや、下手したら大型モンスターすら凌駕する能力を持つアイルーが生まれることがある。原因なぞ俺は知らんがね。こいつは、それなんや」

新米ハンターは目玉をひんむいて固まってしまった。尚もアーノルドは続ける。

 「俺らの間ではXeno(ゼノ)と呼ばれているがね。天は二物を与えずと言うが、これもご多分に漏れずたいがいが頭がくるくるぱーで長生きが出来なかった。こいつの様にちょっと長生きな奴はいわゆる知恵遅れで、過剰なまでに優しい奴が多かった。誰よりも強大な力を持ちながら、上の命令以外では絶対に生き物を殺さない。それも、手を出すのは自分達に害をなすと分かり切っているものだけや。……表だって歴史には記されていないが、何度かゼノを用いてアイルー族が人間に反乱を起こそうとしたことがあった。だがゼノ達は自分達に良くしてくれる人間を裏切ることが出来ず、結局計画は握りつぶされた。昔はゼノが生まれてもあんぽんたんが生まれただけ、として放っておかれたが今は人間の干渉が激しい。生まれたことが分かると親もそいつも悲惨な目に遭わされる。多分この世界のキッチン、オトモアイルーの中にはゼノもいるんだろうがひた隠しにされてるはずや。旦那さんに黙ってて貰いてーのは、こいつの為よ」

ハンターはなんだか複雑な表情をしてセナを見やった。下戸なのだろうか。彼は満足げな寝息をすーすーと立てて寝ている。

 「この子は、自分がそういう能力の持ち主だって分かってるのかしら」

 「さぁな」

 「どんなに虐められてもやり返したのを見たことがないから、どうしてしないのかしらっては思ってたんだけれども……」

 「もしかしたら……本能的に分かってたのかも知れへんしな」

そこでアーノルドは初めて、このあんぽんたんな後輩に対して同情を見せた。やはり彼なりにこの後輩を色々と気にしてきたのだろう。
ハンターがセナの頭を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに仰向けにうねった。

 「旦那さん」

不意に、アーノルドが声をかけてきた。

 「旦那さんも、こいつに良くしてやってくれな」

アーノルドが、その綺麗な空色の瞳を真っ直ぐにこちらに向ける。口元はいつもの様に笑っているが、決してその視線を逸らすことはない。
ハンターはしばしその瞳をじっと受け止めていたが、

 「分かっているわよ」

何だか自分でも分からないうちに笑みがこぼれていた。


 「あんたらは私にとって最高のアイルーよ」


                     
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