悪魔猫。 10 それから……
村はずれの日当たりの良い高台に彼が辿り着くと、既に先客が何人かきていた。いや、正確には何匹、か。
「あ、おやっさんなのニャ!」
「やっぱりおやっさんもきてくれたのニャ!」
穏やかな日差しに寝っころがっていたアイルー達も、彼の姿を見るとわらわらと駆け寄ってきた。メンツを見たところ彼女の家のアイルーがキッチン担当からオトモ担当まで、全匹揃っているようだ。
おやっさんがアイルーらの頭を撫でながら持ってきたものを供えると、その墓に寄りかかって煙管をふかしていたアイルーが、満足そうに言った。
「有り難うな、おやっさん。こいつも喜んでると思う」
「そうニャ、きっとそうニャ。なんたってこんな機会、滅多にないんだからニャ〜」
「でもセナのお墓、マタタビに埋もれてしまうニャ」
村の救世主である彼の墓には一昨日ウカムルバスを討伐する為に旅立った、彼の主の無事と健闘を祈って大小さまざまなマタタビが供えられていた。
中には名前の書かれたものもある。彼女と供に旅立った3人のハンターのものもあった。
彼はふと顔を曇らせた。 彼女は、果たして無事だろうか。
やきもきしていても始まらないと知りつつ、彼は少しでも気休めになればと今日もここへ来たのだ。 何も出来ない、無力な自分をここまで呪ったのは初めてだった。
命を賭して人命を、村を救わねばならない彼女に対して、自分はただ信じて待つ他ない。それがこんなにももどかしいものだとは。
おやっさんはちょっと溜息をついてマタタビ酒の栓をポン、と抜いた。途端に数匹のアイルーがゴロゴロと喉を鳴らし、彼に寄ってくる。
おやっさんはまずセナの墓にそれをかけてやると、残りをアイルー達に分け与えた。
「おやっさんのマタタビ酒は本当に美味しいのニャ〜」
「流石自家製ニャ」
「ところでニャ」
酔いが回ってうるうると充血した眼がおやっさんに集中する。うるうるどころかニヤニヤと笑みを浮かべているのもいる。そのうちの一匹のアメショーが爆弾を投げかけた。
「おやっさんはいつ旦那さんの旦那さんになってくれるのニャ?」
「旦那さんはすぐ怒る人ニャから、おやっさんが丁度良いストッパーになってくれると思うのニャ〜」
「美味しいマタタビ酒もご馳走になれるし、良いことづくめなのニャ!」
しかしこいつら酔っている勢いだからか知らないが、彼女に聞かれたらグラットンスウィフトでバラバラにされるだろうことをさらりと言ってのける。思わず彼も苦笑した。
しかし、実は彼にとっても良い話であった。 何より自分は彼女に好感を寄せている。 だがそれを思いとどめる気持ちも少なからずあった。
最初頼りない後輩ハンターとして見守ってきた彼女は、今や先輩である彼を越える英雄である。それに反して自分は大した業績も残さずに負傷により引退してしまったハンターである。その負傷の重さ故に、当分はろくな仕事に就くことが出来ない。
まさにチョウチンアンコウの雌にひっつく雄の如く、ヒモの様な生活を送るのかと考えると、後ろめたさと同時に胸に重いものがのしかかった。
しかし、アーノルドのこの一言が彼の背中を後押ししたのだった。
「旦那さんも、まんざらじゃないと思う」
おやっさんは思わず目を見張ったが、次の瞬間自嘲気味に視線を落とした。
「一家を引っ張っていけるかどうか分からない体の、この私で良いのかな……」
「大丈夫ニャ!きっと旦那さんはおやっさんのこと大好きなのニャ!」
「そうニャそうニャ!おやっさんは気にし過ぎなのニャ!旦那さんはおやっさんから声をかけてもらうのを待ってるのニャ!」
全くこいつらの楽天さには恐れ入る。彼は再び苦笑した。
再びアーノルドが口を開いた。
「旦那さん自体はもう一生遊んで暮らせるような金を稼いだと思うし、おやっさんが無理して働く必要もない。後必要なんは、しがらみに縛られない勇気だけや。旦那さん、待ってると思う」
この一声に周りはまたやんややんやと騒ぎ始めた。 ある意味出陣の様な雰囲気になってしまい、彼は苦笑を通り越して軽く頭を抱えていた。
だが、彼らから勇気を貰えたのは間違いない。
先日もギルドの方から教官補佐になってみないかとの誘いがあった。ギルドの方でも、彼の体がそれくらい回復していると見なしてくれたのだろう。
教官補佐ならば直々にモンスターと相対する必要はないし、この体でも無理のない範囲で皆の役に立つことが出来るだろう。
転機が訪れたのだ。やるなら、今しかない。
後は、彼女が無事に帰ってきてくれれば―――。
夕刻の茜色の光の中、彼が決意を固めてセナの墓標を見つめたその時だった。
村の入り口で大きな歓声が上がった。
それを聞いておやっさんはすぐに立ち上がり、駆けだしていく。
アーノルドがそれに続いた。彼らに続いてマタタビに酔ったアイルー達もふらふらになりながら駆けだしていく。
彼らの後をまるで付いていくかのように数個のマタタビが転がっていった。
それらは道端のふきのとうの芽に寄り添うように留まり、共に夕日を浴びてきらきらと光っている。
歓喜の歌の中に射す、彼らを祝福するかのような暖かい日差しは、ポッケ村の長い冬の終わりを告げていた。
〜Fin〜