悪魔猫。 1

 『それ』は他のどんなオトモアイルーよりもみすぼらしく、また哀れな様子を呈していた。

何度かネコ婆に連れられてこの村に来ているのを見ているが、誰にも引き取られないうえにネコ婆に同行しているアイルー達にいつも虐められていた。
容姿は至って普通のメラルーだ。

 ……片目に大きな傷があり、視力を失っていることを除けば。

ネコ婆が長い間このアイルーを供にして分かったのは、彼には軽い知的障害があるらしいとのことだった。人間に例えればIQが一般標準とされる水域に、やや足りないくらいだろうと思われた。片眼もない故に料理を任せるととんでもないらしい。何度かハンターにキッチンアイルーとして雇われてはいるのだが、よろず焼きも九割がた失敗するというほどろくな料理が出来ず、キッチンリーダーからさんざん虐められた挙句に解雇され、しまいには隻眼と言う理由で誰からもオトモアイルーとしては雇う価値がないと一蹴されていたらしかった。
聞けばベテランハンターたちの間では、『あれは黒い時限爆弾』と称されるほどの有名人だったとか。新人の彼女にはそんなことは分からなかったが。
何度目かの訪問の時、例によって彼はまた周りのアイルー達から虐められていた。彼は大人しいメラルーで、何をされても小さくなってじっと耐えている。それが彼女の憐憫を誘ったのだった。

 「ばあちゃん、このメラルー雇うわ」

 「この子かい!?……この子は正直、お前さんにはお勧め出来ないよ」

ネコ婆は隻眼のメラルーを見やった。
また、返品されてしまうのだろうか。
そう思うと本当に居た堪れない。この子はとことん不憫な子だ……。

 「いいよいいよ、いつまでもそうやって虐められてたら、死んでしまうよ。すぐにオトモなんて出来なくて良いから、身の回りの世話を少ししてくれれば」

そう言って、彼女はその猫を無理矢理引き取ってきた。
契約金は10Zeny。破格である。
他の猫の百分の一という価格で連れてこられたこのメラルーは、やっぱりおバカさんだった。
しかし当時先輩として雇われていた只一匹のキッチンアイルーは職人気質な奴で、このおバカさんを叱咤するとともにちゃんと世話も焼いていたようだった。
奇遇なことにこのアイルーもまた、隻眼だった。彼によるとオトモ時代の遺蹟らしい。
しばらくするとおバカさんのメラルーも、よろず焼きを頼むと十個中二個は上手に焼けるようになっていた。

新米ハンターはそんなアイルー達に満足していたが、そろそろ新たにオトモアイルーを調達しようか迷っていた。
最近、この近辺に先輩ハンターが追い払ったはずの雪獅子が戻ってきたというのだ。先輩ハンターによれば、自分は奴らに舐められているらしい。
奴らがふもとにまで降りてくるようになれば、必然的にこの村に被害が出始める。今のうちに力をつけて、どうにかしてこの村の人々に安穏をもたらさねば。
そんなことを相変わらず隻眼のオトモ達に話していると、キッチンリーダーが煙管――に見せかけて詰めものはマタタビ――を吹かしながら言った。
 
  「こいつを連れてってみちゃあどうよ?」

 「こいつって……セナのこと?アーノルド」

 「他にいないやろが。こいつな、確かにトロイんだけど面白いことに気付いたんやわ。ま、連れてってみんさい。きっと面白いことが分かるから」

新米ハンターが釈然としない様子を見せていたそのとき、突然村の入口で悲鳴が上がった。
慌てて家を出ると既に村の入り口には野次馬がたかっている。ハンターが後方から覗いてみると、どうやらそれは村の外の警備にあたっている兵士のようだった。上半身を負傷しているのか、肩から下にかけてが血で真っ赤に染まっている。
彼は負傷しているものの意識は健在で、村長に事情を話しているようだ。村長はいつもより顔を険しくして頷いている。
全てを聞き終えた村長は野次馬の中から何かを探しだすようにきょろきょろとあたりを見回した。そして、新米ハンターと眼があった時、彼女を招くように手を動かす。周りの住人も村長の意図に気付いて道を開けた。

 「ついに恐れていたことが起きおった」

村長は眼を細めてハンターを見上げる。

 「雪獅子がこの村に近付いてきたよ」

彼女の一言は野次馬達に衝撃を与えた。周りは一気にざわざわと囃し立てた。

 「怪我してしまったようだが、命が無事で良かったよ」

と、村長は兵士を見やった。どうやら彼の傷は肩周辺ですんでいるらしい。
新米ハンターが事情を聞くと、雪獅子の遠吠えがいつもより近くに聞こえたので警戒しつつ山に近付くと、なんとそれは村人が雪山草を取りに行くルートにまで降りてきていたというのだ。彼は雪獅子と数匹のブランゴの群れに相対しつつ、命からがら逃げてきたとのことだった。
 
 「ハンター殿、やってくれるね?」

老婆の問いに、新米ハンターは無言で頷く。必ず、やり遂げると決意を込めて。
周りもそんなハンターの勇気を讃え、成功を祈った。これでは一気に出陣気分だ。
実際に急を要する依頼なのは間違いない。
彼女はありったけの最強防具と愛剣と、そして初めてのオトモアイルーを連れて、村の平和の為に雪山へと歩を進めた。

                     
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