天狼星  14


間もなくギルドの迎えが来た。
シリウスとその奥さんは後日運び出されるらしい。後片づけと監視は自分らに任せて、先に帰ってゆっくり休めと老師とガンナーの若者に言われて、ハンターはその好意にあやかることにした。
シリウスの子供を一匹抱えて荷車に乗り込む。もう一匹は後輩の彼女が抱えてくれた。子供らは母親から離されたというのに至極大人しかった。両手に抱える感触は幼かったシリウスを彷彿させる。ハンターは唇を噛んで涙をぐっとこらえた。
彼女に抱えてもらった小さい方の子供は、荷車に降ろされるなり、彼女の膝を枕にして眠ってしまった。やはり寂しいのだろう。彼女もずっとその頭を撫でている。








ユクモ村に帰ってくると、丁度日が昇った頃だった。
彼らが帰ってきたとの知らせを聞いて、真っ先に村長が駆けつけてくれた。彼女の周りには沢山の村人が集まっている。彼女は荷台の上に乗せられているものを見て目を見張り、そして嬉しそうな微笑を口元に浮かべた。

 「これは、もしかして……」

ハンターは無言で頷くと、事の顛末を話し出した。
事件の解決までの一連の流れ、そして当面の脅威は除かれたこと。そして、もうシリウスは帰ってこないこと……。
シリウスのくだりになると、流石に彼の語尾も震えてきた。
ジンオウガ討伐の報告を聞いても、今度は誰も喜ばなかった。中には暗い顔を落として、涙ぐむものさえいた。彼らは確か、よくシリウスにおやつをあげてくれていたっけ。
全てを語り終えたハンターはきっと前を見据えると、凛とした声で村長に尋ねた。

 「この子らを、飼っちゃだめでしょうか」

村長は穏やかに微笑んで、ころころと笑った。

 「わたくしが断りますと思いまして?」

そのとき初めてハンターの顔に安堵の色が戻った。彼は肩の力を抜くと、精一杯の感謝を込めて村長に頭を下げた。
途端に村人がチビ助、おチビちゃんと子供たちに駆け寄ってくる。シリウスのせいで、この人等はこれが本来強大なモンスターであることをすっかり忘れているらしい。しかし子供らは本当に大人しいもので、頭を撫でられてもじっとしていた。

 「しかし二匹とはまた大変で御座いますわね。もし、ハンター様が大変なようでしたら……」

 「あのっ!ハンターさんが嫌じゃなければ……」

村長が彼を気遣っていると、後ろから後輩の彼女が声を上げた。

 「私も、一緒にお世話して良いですか?」

この意外な申し出にハンターはえっと驚き、村長はまた面白そうに笑った。

 「それはそれは、ハンター様も助かることでしょう。丁度復旧作業のついでですし、ハンター様のお家に一家五人住めますよう、改築を申し出ておきましょう」

ハンターはまたえっと声を上げた。

 「それって、その、一緒に住み込んでお世話をしろってことですか!?」

 「その方が色々と良いでしょう」

ハンターはちょっと気まずそうに頬を赤くしたが、あの大嵐で吹き飛ばされて使えなくなった家も多く、空き家などない状況なのだ。改築してもらえるだけでも有り難いことで、わがままなど言ってられない。
彼は人生にして初めて同棲する相方の方を振り返って頷いた。後輩は満面に喜色を浮かべて彼と村長にお礼を言った。彼女はあまりそういうことを気にしない人らしい。それよりも大好きなジンオウガと一緒に暮らせるのが本当に嬉しいのだろう。

それから村長は種々の話があるのでギルドの支部へと赴き、ハンターは取りあえずジンオウガを我が家へと導き入れた。彼らは自分の置かれている環境を把握しているとでもいうかのように、素直にハンターに従った。
しかしこのときほどモミジの存在が有り難いといったらなかった。まさか突然こんなに同居人が増えるだなんて思ってもなかった。モミジはテキパキと動いて彼らが住みやすいように家の中を整理した。あまり広い家ではないが、なんとかなるだろう。
彼らが家の中に入ってから間もなく、一端散らけた村の住人がまたやってきた。彼らは各種皿だの葉っぱだのの上に肉やおやつになりそうなものを持ってきていた。たじろぐハンターに対して、村人はあっけらかんと笑う。

 「おチビの再来じゃないか。また俺らにも面倒を見させてやってくれよ」

 「だな。おっかさんもなくしてしまったけど、今日からは俺らが家族だからな」

その言葉を聞いて、ハンターはしばし硬直してしまった。後ろでその言葉を聞いた子ジンオウガの耳がぴくりと動き、尻尾を上下に振りながらこちらに歩いてきた。
……只単に肉の臭いを嗅ぎ付けただけかも知れないが。

ハンターも頭を下げて、彼らとこれからのことを頼んだ。









夜の帳が降りた頃、子ジンオウガは二匹とも眠ってしまった。ハンターのベッドの上で。満腹になったのだろうか、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
しかしこれでは彼の寝る場所がない。
仕方なく彼は床に布団を二つ敷いて、三人でモミジを間に挟むようにして川の字で寝ることにした。
やはり心身ともに疲れていたのだろうか、ネムリ草を食べずとも、すぐに眠ることができた。









彼はなにもない、白い空間にぽつんと立っていた。
いつから立っていたのかは定かではない。ここがどこだかも分からない。
あぁ、夢なのだなとどこか第三者のような視点で彼は悟る。その足元に、何かが触れた。
ふと彼が視線を落とすと、そこには幼獣のジンオウガがいた。

 「シリウス!」

それは彼が抱き上げると嬉しそうに尻尾を振り、鼻をクンクンと鳴らした。
しばらくそれとじゃれていた彼の頬に、何か硬いものがぶつかった。
あいた、と彼が振り向くとそこには成獣のジンオウガがいた。見慣れた傷と、優しそうに微笑っているその顔。そして首にぶら下げた、ユクモ村の誇り。

 「シリウス?じゃあ、こいつらはお前の……」

見れば、いつの間にか彼とじゃれていた子ジンオウガは二匹に増えていた。
シリウスはまた笑って、彼に飛びつく子供二人を宥めている。
そして愛おしそうにハンターと、そして自分の子供らに自分の顔をこすりつけると、どこかへと歩き始めた。

 「待ってくれシリウス!どこへいくんだ」

彼は子ジンオウガと共にシリウスを追うが、何故かぐんぐんと離されていくばかりで追いつけない。ハンターがどれだけ呼び止めようが、子供らがどんなに切なげな悲鳴をあげようが彼は戻ってこなかった。

 「待ってくれシリウス、待ってくれ!」

その姿が大分遠ざかってしまったときに、不意にシリウスが振り向いた。その顔はどこか悲しげながら、やはり穏やかに微笑んでいた。
そして彼は朝霧にとけ込むようにして、見えなくなってしまった……。









 「うう……ん」

 「ハンターさん、ハンターさん」

体に伝わってくる振動で、彼は目を覚ました。
肩に置かれている暖かい感触が彼女の手だと悟り、彼はその方へと頭を向けた。

 「あぁ、すまない。寝過ごしたかね」

と彼が起きあがろうとするのを彼女は制した。その時体に五感が戻ってきたのか、彼は腹の上にある圧力に急に気がついた。

 「うおっ」

なるべくそれを刺激しないようにとは思ったが、思わず声が出てしまう。
いつの間にかベッドの上にいた二匹が、川の字に割り込んできていたのだ。床に二人と三匹がところ狭しと雑魚寝をしている。
やはり、人肌が恋しいのだろう。この子ジンオウガもいつぞやのシリウスのように、彼の腹を枕にして寝ていたのだ。

 「まだね、真夜中なの。ただハンターさんがあまりにもうなされてるのにモミジちゃんが気付いてくれて……」

なるほど、部屋の中は真っ暗である。雨戸の隙間からは月光が差し込んできて彼女の顔を照らしていた。とても心配そうな……いや、悲しげな顔色だった。
しかしこんなものが腹の上にのっけられたらうなされるのも無理はないなと彼は苦笑した。角が刺さらなかったのがさいわいである。
ふとひんやりした感触に思わず目元を拭うと、幾筋か涙を流した跡があった。

 「ジンオウガもね、泣いてたの……」

そういう彼女の語尾は震えている。
やはりあの夢が原因だろうか。自分は、なんと言ってうなされていたのだろう。

 「シリウスが、最後に逢いにきてくれたよ―――」

彼女は膝の上で拳をぎゅっと握りしめたまま、ハンターの話を聞いている。

 「俺が、あいつから全てを奪ったって言うのに―――」

再びハンターの瞳から涙がこぼれ落ちた。
彼は今、とてつもない後悔の念に襲われているのだ。
自分があのときシリウスを倒さなければ、彼は妻の最期を看取ることが出来たのだ。
そのあと、きっと子供らを連れて巣を移動したことだろう。そして、何事もなくいつも通りの生活をおくれたはずだ。
シリウスは自分を恨んでいるのではないか。己から全てを―――命さえをも奪った、この親を。

 「シリウスは、自分の選択を後悔してないと思うのニャ」

いつの間にか、モミジが煎茶を沸かしていた。手には他に彼の得意な白玉とあんこがちょこんと乗ったあんみつを持ってきている。
ハンターもそっと起きあがった。子ジンオウガはぐっすり眠っているようで、頭を動かされても起きなかった。

 「シリウスはあのリオレイアの時、本当にショックだったのニャ。……おいらはまだ、あの血が滴るようなシリウスの叫びを忘れてはいないのニャ。あの子供らは、シリウスにとって本当の子供のように思ってたに違いないのニャ。だから、今度こそ奥さんと子供を護ろうと思って精一杯頑張った自分に、後悔はないはずニャ」

 「だが、それなら何故シリウスは俺に彼らを紹介してくれなかったんだろう。リオレイアの時のように、ギルドに掛け合うことだって……」

 「旦那さんは忘れたのかニャ、ジンオウガが三人のハンターを、殺してしまったこと……」

あっとハンターは息をのんだ。モミジはなおも続ける……。

 「シリウスは、自分らが見つかれば命はないだろうと悟っていたのニャ。もしかしたら旦那さんがくるかも知れないと思っていたかも知れないのニャ。そしてやっぱり、旦那さんがきたのニャ」

モミジは煎茶をハンターと後輩の彼女に勧める。

 「旦那さんはシリウスの予想通り、最初自分を殺そうとしてこなかった。しかも、自分を奥地に追い返そうとした。本当は追い返したかったのは旦那さんの方なのに」

二人はモミジの語りに釘付けになってしまい、煎茶を飲むどころか瞬きすら忘れてしまっていた。

 「かといって自分だけ逃げることが出来るのか。それは勿論出来ないニャ。三人のハンターを殺した犯人は自分の奥さんニャ。ギルドに見つかれば、どんなに余命が短かろうとその場で殺処分ニャ」

 「だからシリウスは、覚悟を決めたのニャ。自分を殺せないだろう旦那さんに、本気を出させるために」

思わず二人は息をのんだ。今度は彼女の方が涙に顔を歪め始めた。

 「最初は、後輩さんを抱えて逃げ帰らせようとしたのかと思ったニャ。でもきっと違うのニャ。一時ハンター達が逃げ帰ったところで次の日には新手がくるニャ。自分たちの縄張りがばれてしまってるのニャから。奥さんが死にそうだとは分かってはいたけれども、いつ死ぬかも分からない。子供達のために狩りにも行かなければならない。その留守の間に巣が見つかったらどうなるか。考えただけでもいてもたってもいられなくなったと思うのニャ。そこで、シリウスはどうしたか」

モミジは顔を上げて、二人をじっと見つめた。

 「シリウスは、自分が犠牲になることで全てを解決しようとしたのニャ。奥さんと子供達も、旦那さんなら良いようにしてくれると、確信をもっていたと思うのニャ」

その一言で、彼女は泣き崩れた。ハンターはただ呆然とした面持ちだった。

 「でも、全ては結果論ニャ。旦那さんらはそのときに出来る精一杯のことをしたまでニャ。シリウスも同じなのニャ。だから……後悔しないで欲しいのニャ」

モミジはようやっとあんみつに手を着けはじめた。

 「もしシリウスに対して申し訳ないと思うのなら、この子供達を立派に育ててやるのが彼の供養になると思うニャよ」

そうして、モミジはまた二人をじっと見つめた。

 「有り難う、モミジ」

ハンターは穏やかに目をつむりながら、最愛の従者へお礼を述べた。その声には、確かにある種の決意が込められていた。
後ろでは相変わらず二匹のジンオウガは寄り添うように寝ている。
満月の光がとうとうと降り注ぐ、穏やかな夜だった。

 

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