天狼星  11


しばらくの後に、凄まじい嵐が通り過ぎた。台風よりも破壊力を秘めたそれにより、村の家は至るところが壊れ、尋常ではない数の死傷者が出てしまった。
集会所は辛うじて無事だったが、温泉の供給源は壊れてしまったみたいでしばらく休業するとのことだった。
聞けば、南方の村でもこの災害により被害が出ているとのことだった。その南方のギルド支部よりもたらされた情報のおかげで、被害を限りなく最小限に食い止めることが出来た。
ハンターの家でも屋根の一部が吹き飛んだが、事前に補強してあったおかげで屋台骨自体は無事なようだ。
今回助かった多くの人がガッチリ補強された集会所に逃げ込んでいたからであって、己が生業である旅館や源泉を護ろうとした人らは大概が死んでしまった。
ユクモ農場の荒れようも凄かったが、手伝いに駆り出されているアイルーらは現金なもので、炭鉱道に逃げ込んで事なきを得たらしい。
ともかく、しばらくは復興に大忙しになりそうだ。なんせ、こんな嵐など人生初経験なのだから。文献によれば数百年に一度の単位でこのような大災害、もとい大嵐がきているのだと村長が教えてくれた。その数百年に一度に立ちあうだなんて、はてさて運が良いのか悪いのか。

渓流の方は大丈夫だろうかと彼と愛弟子らが立ち入ってみると、やはり大嵐が残していった痕跡がどこにも見受けられる。若木が揃って薙ぎ倒されている様など、憐憫を通り越して恐怖さえ覚えるようだ。
それよりも見る人の恐怖を煽ったのが、なんと彼がいつも霊峰を望む場所の近くに、あのドボルベルクの死骸が転がっていたことだ。
その近辺の状態は渓流の入り口や村のよりも更に酷かった。元々木々の少ない場所ではあったが、そこは文字通り辺り一帯が更地と化してしまっていたのである。
そこにぽつんと置かれている、ズタズタに引き裂かれたこの地の長老たるドボルベルクの死骸。

何故、この嵐の中に。

いつの間にか弟子達の足が震えている。一体、ここで何が起こったというのだ?
彼が遥か彼方の霊峰を望むと、そこはもう厚い雲に覆われて何も見えなくなっていた。
時折走る稲妻は、果たして誰のものであろうか。
猛る胸騒ぎを抑えて彼らは村に帰り、ギルドに報告した。きっと早速ギルドバードが動くことだろう。今日もあの紅いスーツに身を包んだ貴人らが、飛行船を降りて村の様子を見に来たところだった。復興費用のいくらかを早速ギルド本部から出して貰えるらしい。
再び彼に赤紙が届いたが、彼は村の復興と渓流の治安を理由にそれをまた断った。


実際ドボルベルク長老がいなくなった後の渓流はちょっと不安定だった。
嵐から逃れてきたのだろうか、大型の飛竜を目撃する機会が増えた。中には村人の生存圏内に入ってくるものも多く、ハンターと弟子等は毎日渓流に赴いてはそれらを山奥へと押し返し―――いうことを聞かなければ狩猟していた。中には彼でさえあまり目撃しなかったナルガクルガの亜種なども入り込んできていて、目を丸くした覚えもある。弟子らなどは物珍しいそれに大喜びだ。
しかしある一時期に、大型の飛竜を目撃する機会がぱったりと途絶えた。
渓流はつかの間の平和を取り戻したように思えた。
が、しかしこれこそ本当に、嵐の前の静けさだったのである―――。








明くる日、ハンターの弟子ら三人は師匠を抜きにして渓流の見回りに来ていた。師匠は今日もギルドに呼ばれ、何やら小難しい話を聞かされているようなのだ。しかし弟子といっても彼らもまた師匠に育てられた一人前のハンターである。立派にお勤めを果たして、師匠の顔を立ててやろうというこの若者の心意気は、その日を最後に消えてしまった。


翌日になっても彼らが帰ってこないことに不安を抱いたハンターとギルドの職員が日が昇ってすぐに渓流に踏み込むと、ベースキャンプもほど近いところに彼ら三人が文字通り転がっていた。
見ても分かる通り、全員が既に命の灯火を失っていた。
ギルドの解剖によると、何かに押しつぶされたかのように全身の骨格が砕けていた者、鋭い牙に腹部周辺を貫かれ、心臓を咬み裂かれて死んでいた者、高電圧と思わしきもので半身が焼け焦げていた者……などなど、その死因全てがハンター、いやユクモ村の者にとって心当たりがあるものだった。
ハンターの顔は真っ青どころか土気色だ。
―――まさか。

シリウス。

彼らの生命を奪ったのか、シリウス―――。
お前は霊峰に帰ったんじゃないのか。
何故、何故戻ってきたんだ。
どうして、俺の弟子に手をかけた―――。

もしかしたらまだ手慣れないハンターである彼の弟子たちが先に手を出してしまったのかも知れぬ。そうであらば、非は彼らにある。自分の手に負えぬ獲物に手を出すなとは、ハンターにとっては生き延びるための絶対の掟だ。
しかし、本当にそうであろうか。そもそも、シリウスの仕業なのだろうか。
他にジンオウガ、いや、似たように高電圧を使う未だ知れぬモンスターに倒された可能性は。
しかし、とハンターはまた暗い顔を落とす。
彼らが倒れていた付近では血の跡は見受けられず、何者かが運んだように点々と垂れたような血の跡が続いていたという。
わざわざ彼らの遺体を届けるであろう性格のモンスターを彼は一人しか知らない。もし彼らがいつぞやのように渓流を荒らす者と見なされれば、また遺体は見つからなかっただろう。
ならばとまた疑問もぶり返す。
渓流を荒らす者と見なされなかった彼らが、何故命まで奪われなければならなかったのか―――。

驚いたことに、一人の弟子の体に残っていた歯形から、彼に止めを刺したのは雌のジンオウガではないかとの推測が飛んだ。ハンターが昔仕留めたシリウスの母親の骨格にそっくりだというのだ。
……雌のジンオウガ?
シリウスは、雌だったのか?
そういえば彼の性別を別段気に留めたことはなかった。ギルドの方からも何も言われなかったし、特に聞こうとも思ってもなかった。
ジンオウガの生体はまだまだ知られていないところが沢山ある。リオレウスやリオレイアのように、雌雄で外見が違うという分かりやすい例もあるのだが、どうやら彼らはそうでもないらしい。

モミジが言うように、シリウスはユクモの主であったからハンターも彼のことをてっきり雄だとばかり思っていた。もしかして彼、ではなく彼女だったのかも知れない。


再三、彼に赤紙が届いた。
彼はこの事件が解決するまでという短期契約条件で、それを受け入れた。


彼は、この件についてとても後悔していた。
いや、この事件はこれからもずっと、彼が生を終えるその瞬間まで彼を苛むのだろう。
彼がシリウスにとどめを刺した、あの記憶と共に―――。

 

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